たとえば、かつて地球を中心に天体は回っているとする天動説の中に人々は暮らしていた。それが惑星の逆行という天動説では説明できない現象が観察されるようになる。それに対してプトレマイオスは、惑星が軌道上の周転円をもって回転すれば、逆行は説明できるとした。しかし、金星の満ち欠けをガリレオが観測したことで、この地球中心の宇宙観は破綻し、太陽を中心に地球を含む惑星がまわっているというコペルニクスのパラダイムに移行していく。
という具体的な話は、青木さんの他の訳書、サイモン・シンの『宇宙創成』という本に書かれてあることだが、クーンの『科学革命の構造』は、他にもニュートン力学から相対性理論を軸にしたアインシュタインの力学への転換なども素地にしながら、科学というものは、パラダイムからパラダイムに移るのだ、ということを叙述しているのだ。
プトレマイオスは、没年が168年頃。コペルニクスは16世紀、ガリレオは17世紀の人だから、このパラダイムの変換には1500年以上かかったことになる。
それに比べれば、アミロイド・カスケード仮説の最初の一歩「アミロイドβがアルツハイマー病の原因のひとつ」ということが、20年かかったとはいえ実証されたのは、科学の歴史を考えればほんの一瞬の出来事と言えるのかもしれない。
下山進(しもやま・すすむ)/ノンフィクション作家・上智大学新聞学科非常勤講師。メディア業界の構造変化や興廃を、綿密な取材をもとに鮮やかに描き、メディアのあるべき姿について発信してきた。主な著書に『2050年のメディア』(文春文庫)など。
※AERA 2023年9月11日号