青木薫。『科学革命の構造』の翻訳も18年越しの仕事となった。青木さんは翻訳をするとなるとその背景となる書物や論文を徹底的に勉強する。ラテン語も長年勉強した。(撮影/写真映像部・和仁貢介)

 新たな仮説ヘ人々が移っていくそのことに20年以上かかったことになるが、しかし、20年というのは、実は、それほど長い期間ではないのではないか、ということを考えるようになったのは、青木薫さんが新訳で出したトマス・S・クーンの『科学革命の構造』を読んでからだ。

 このクーンの本は、1962年に出された本だが、今私たちが普通に使っている「パラダイム」という言葉を初めてつかった本でもある。

 クーンは、科学は累積的に進むのではない、と考えた。あるパラダイムで叙述されていた世界に、不都合な事例が出てくることによって、そのパラダイムに危機が訪れて、別のパラダイムが生まれる。しばらく両者は拮抗するが、しかし、観察や実験によって革命がおこり次のパラダイムに移行する。

 青木さんによれば、当時、科学は「真理」にむかって累積的に進むと思われていたから、それは単にパラダイムが変わっていくことなのだと書いたこの本の出版は、とくにキリスト教社会の西洋で衝撃的だったのだという。今日われわれは、「パラダイム転換」という言葉を普通に使っているが、その当時はそうした考え方自体が新しいものだったのだ。

 原書が出されたのが、1962年だから、1980年代に起こる遺伝子工学の革命のことを著者のクーンは知らない。天文学・物理学の大きなパラダイム転換をもとに考察された本だ。

次のページ