それとは、まったく違う道筋で、デール・シェンクは、病気の進行そのものに直接働きかける方法を発見したのだった。

 それは、アルツハイマー病の原因をアミロイドβというたんぱく質が脳内に集積することから始まる一連の流れとしてとらえる「アミロイド・カスケード仮説」にのっとった方法だった。カスケードは段差でつらなる滝のことだ。つまりアミロイドβの集積を引き金にして病気は始まり、神経細胞死にいたって、認知症の症状を発する。であれば、最初のドミノの一枚を抜いてしまえばよい、とデール・シェンクは考えたのだった。

 どうやって?

 アミロイドβそのものを注射すれば、それに対する抗体が生まれ、アミロイドβの集積を除去するだろう。そうシェンクは考えて、マウスにアミロイドβを注射したのだった。マウスは人間の遺伝性アルツハイマー病の遺伝子の突然変異をくみこんであり、通常であれば一年でマウスの脳内には、アミロイドβの集積したアミロイド斑がびっしりできる。

 それが、アミロイドβを注射したマウスには、アミロイド斑ができなかったのだ。そしてさらにアミロイド斑ができてしまったマウスにアミロイドβを注射すると、きれいさっぱりアミロイド斑が消えてしまった。

 この研究結果がネイチャーの1999年7月8日号に掲載されると、世界中の研究者が興奮した。アルツハイマー病は治る病気になる。私もその興奮に巻き込まれて取材を始めることになる。が、しかし、実際の薬ができるまで20年以上かかった。本も20年以上かかった。文庫版でようやく「レカネマブ」の承認までいれてパークハイアットの朝食から始まる長い長い物語は、完結したということになる。

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