6月にロシア軍に対して反乱を起こしていた「ワグネル」代表のエフゲニー・プリゴジン氏。8月23日、飛行機墜落により死亡した。プーチン大統領は翌日、弔意を示す動画を公開したが、これは極めてまれなことだ。AERA 2023年9月11日号から。
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ロシアの民間軍事会社「ワグネル」を率いてきたプリゴジン氏の死を巡り、何より異例だったのはプーチン大統領の対応だ。
プリゴジン氏が搭乗していたとみられるビジネスジェットが墜落した翌日の8月24日、プーチン氏は2分余りにわたって彼を悼むコメントを動画で公表したのだ。
プーチン氏が誰かの死について、動画で弔意を示すのは極めてまれで、よほど近しい友人に限られる。数少ない例外の一人が、今年6月12日に死亡したイタリアのベルルスコーニ元首相だ。ベルルスコーニ氏は、各国の首脳の中でもプーチン氏と個人的に極めて親しかったことで知られている。プーチン氏は死亡の当日、国営テレビを通じ、在りし日の功績をたたえた。
ちなみに、やはりプーチン氏と親しかった日本の安倍晋三元首相が昨年7月に殺害された際には、プーチン氏は遺族に弔電を送っただけだった。
そのベルルスコーニ氏についても、プーチン氏は「私たち国民の偉大な友人だった」とは述べたものの、個人的な親交について語ることはなかった。
個人的に仕事を依頼
ところが、プリゴジン氏についてはまったく違った。プーチン氏は「プリゴジン氏のことを私は随分前から、90年代初頭から知っていた」と初めて明かした。この言葉の持つ意味は重い。プリゴジン氏は、プーチン氏がまったくの無名だった時代からの友人だということだ。大統領の権威をあてに近寄ってきた連中とはわけが違う。
90年代初めは、プーチン氏にとって極めて厳しい時期だった。ソ連国家保安委員会(KGB)の要員として東ドイツのドレスデンに勤務していたプーチン氏は、東西冷戦終結を受けて90年に故郷のサンクトペテルブルクに帰国した。