他には、American cheese(アメリカン・チーズ)なるチーズもそうです。主にハンバーガーやサンドイッチに使われるとろけるチーズのことで、チェダーやコルビーなど複数のチーズの切れっぱしを組み合わせ、さらに添加物が半分弱(FDAの規定では総重量の51%以上チーズが含まれていれば商品名に「チーズ」と名乗れるそう)混ざっていることから、気の毒にも邪道扱いされている安価なチーズです。アメリカの実業家、ジェームズ・L・クラフトが発明して1916年に特許を取得したことから「アメリカン」を称することになったそうで、当時はヨーロッパの一般的なナチュラルチーズと違って長持ちするし切りやすいし何よりとろける触感が画期的! と人気を博したのだとか。当時のアメリカでは無添加で自然な食品よりも人間の手が加わった食品の方が近未来的だと喜ばれたのです。クラフトは自信満々で新商品に「アメリカン」を冠したのでしょう。
アメリカン・コーヒーもアメリカン・チーズも、ヨーロッパのものが前提としてある環境の中、区別するために「アメリカン」と呼ばれるようになりました。そして区別という行為には、少なからず「あちらとは違うんです」という上下関係が発生するようです。アメリカン・コーヒーには「あんな薄いコーヒー飲めるかい」というイタリアの軽蔑が、アメリカン・チーズには「ヨーロッパの旧来のチーズとは違うんです」というアメリカの自負が見て取れ、そしてその意識は少なくとも2023年のアメリカではすっかり消え去り、アメリカン・チーズに至っては逆転しているように見えます。人の意識は面白いものです。
そのあたりの感覚を小2の娘に説明したのですが、どうにも理解しにくいようでした。「アメリカの人はわざわざ自分の国の食べ物をアメリカンと言わない」だけでなく、「日本の人が日本の物じゃないよとカッコつけるためにアメリカンと言ってみる」という感覚も難しいようです。国名を冠する食べ物に触れると、自国と外国というウチ・ソトの関係性、外国から自国を俯瞰する視点、世界の中で際立つ自国の立場──そんな重層的概念を育てることができるかもしれない! と、アメリカン・ドッグを巡って理屈っぽく考えてみたのでした。
〇大井美紗子(おおい・みさこ)
ライター・翻訳業。1986年長野県生まれ。大阪大学文学部英米文学・英語学専攻卒業後、書籍編集者を経てフリーに。アメリカで約5年暮らし、最近、日本に帰国。娘、息子、夫と東京在住。ツイッター:@misakohi
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