鍛造の場面は見た目は派手だが、それだけではない。他にも地味だが大切な作業があるという。
「ものづくりで本人がこだわっている部分を見つけ、それを隅々まで掘り出して写したい」と、長谷川さんは語る。
その1つが熱で変形した素材を真っすぐ修正する「ゆがみとり」と呼ばれる作業だ。作品には製造途中の刃物を鋭い目線で確認する伝統工芸士や職人たちの姿が写っているが、それはゆがみをチェックする様子だという。
「鉄は熱すると反りますから、ゆがんでいないか、こまめに見て、金づちでたたいて修正する。実は、鍛造以外のほとんどの作業はゆがみとり、と言っていいくらいです。なので、作業をしている時間よりも、目で見ている時間のほうが長かったりする。作品では、そういうところも見ていただきたいな、と思っています」
お嬢ちゃん、危ないからあかんで
長谷川さんは神戸市長田区に隣接する須磨区の下町、板宿で生まれ育った。
「長田はケミカルシューズや鉄鋼製品の生産がすごく多かったんですけれど、昭和40年代、その下請け工場が板宿にたくさんあったんです。家族でやっている、みたいな町工場。いまはもうぜんぜん、跡形もないですけれど」
子どものころから鉄を打つ音や、飛び散る火花、油のにおいが好きだった。それ間近で見たくて、一度、工場の中へ入ろうとした。しかし、「お嬢ちゃん、危ないからあかんで」。
絵が好きで、20代のころは働きながら芸術専門学校に通い、石膏デッサンや油絵を習った。そこで出会った人たちの影響で前衛芸術にのめり込んだ。
しかし、結婚、出産、子育て、離婚を経験するなかで、画家になる夢は断念。社会福祉士の資格を取得し、障害者の通所施設職員やケアマネジャーの職に就いた。
そして8年前、子どもが中学生になったのを機に、再び表現の世界に戻ってきた。
2021年、造船業などの下請けを担う鉄工所でものづくりに打ち込む工員の姿を追った写真集『鉄の華 美しき下町工場の侍』を出版。
そのころ、長谷川さんは次のテーマとして昭和レトロな純喫茶、手焼きせんべい店、コロッケ屋などを写していた。それを昨年、作品集『神戸下町 市井堂(しせいどう)』にまとめた。