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神戸市在住の長谷川佳江さんは「伝統工芸士」を中心にものづくりを担う職人の世界をカメラに納めてきた。
その撮影地の一つが伝統的な刃物産地として知られる兵庫県三木市である。なかでも有名なのが大工道具。のこぎり、のみ、かんな、こて、小刀の5品目は「播州三木打刃物(ばんしゅうみきうちはもの)」として国の伝統的工芸品に指定されているほどだ。
この伝統的工芸品に携わる職人のみがなることを許されているのが「伝統工芸士」で、れっきとした国家資格である。
実務経験を12年以上積み、原則的に産地内に居住し、現在もその工芸品を作るための作業に従事していなければ、受験資格が与えられない狭き門である。
カメラが止まる、止まる
播州三木打刃物づくりは「打つ」という文字があるように、高温に熱した鉄の素材を金づちなどで繰り返し打つことで強度を高め、形を整えていく。「鍛造(たんぞう)」と呼ばれる技術だ。
作業現場では鉄を加熱する炉から炎が上がり、金づちを打ち下ろすたびに火花が飛び散る。華々しい光景であるが、撮影は極めて難しいという。
「鍛造は窓を暗幕で閉め切った状態で行われるので、撮影する側からすれば、とにかく暗いんですよ」と、長谷川さんは説明する。
通常の工業製品であれば、熱した鉄をデジタル温度計で測りながら加工するのだが、伝統工芸士は炎の色の微妙な変化によって温度を判断し、鉄を打つ。なので、外から入る光を嫌うのだ。
明るく写すためにシャッター速度を遅くすると、鉄を打つダイナミックな動きがブレてしまう。一方、撮影感度を上げると、画面が砂をまぶしたようにザラザラになってしまう。
「何回も鍛造の撮影に挑戦したのですが、なかなかうまく撮れなくて、大変です」
さらに、閉め切った状態なので、夏の作業場はまさにサウナ状態。
「もう、カメラが止まる、止まる。暑さがカメラが耐えられる限界を超えてしまうんです。動かなくなるたびにカメラを扇風機で冷やして、撮影を再開した」