この事実は、その後における秀忠への教育や徳川家の奥向きの展開について、また家康・秀忠と氏真の関係を考えるうえで、極めて重要な事実といわざるをえない。徳川家の奥向きは、今川家の関係者により差配されたのであり、それゆえ、そこでみられた作法なども今川家の礼法が採用されたことは容易に推測できるであろう。また家康・秀忠と氏真の関係についても、貞春尼の存在を介して、互いに晩年まで繋がりを持っていたと認識されることになろう。これまでの言説では、家康は今川家を忌避する傾向にあったと理解するものもあったが、事実は全く異なっていたのである。家康は、新たな嫡男となる秀忠の教育と、戦国大名家として成長する徳川家の奥向きの構築を、今川家に託していたといいうるのである。

●黒田基樹(くろだ・もとき)
1965年東京都生まれ。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。博士(日本史学)。専門は日本中世史。駿河台大学教授。著書に『お市の方の生涯』『徳川家康の最新研究』(ともに朝日新書)、『百姓から見た戦国大名』(ちくま新書)、『戦国大名』『戦国北条家の判子行政』『国衆』『家康の正妻 築山殿』(ともに平凡社新書)、『関東戦国史』(角川ソフィア文庫)、『羽柴家崩壊』『今川のおんな家長 寿桂尼』(ともに平凡社)、『戦国大名・伊勢宗瑞』『戦国大名・北条氏直』(ともに角川選書)、『下剋上』(講談社現代新書)、『武田信玄の妻、三条殿』(東京堂出版)など多数。