一言でいうなら、心揺さぶられる小説である。とくに終章前の第九章「空白」がたまらない。家族ドラマが切なくて、何度も落涙してしまうほど。単に泣かせる切なさではなく、「家族として育っていく」ことの尊さを、胸に染み通るように静かに捉えてあるからやるせないのだ。
小説の中で、文学作品は「解決を目的に書かれているのではない」という松本清張の言葉が引用されているが、まさにそうだろう。門田の視点から精力的な事件追及があり核心も明らかになるけれど、事件解決が目的のエンターテインメントではない。それは『罪の声』と比較するとわかる。『罪の声』は事件を前景において物語っていたけれど、本書では後景において、その事件に巻き込まれた人々の消息を丹念に追い続けている。三人称多視点で、事件は前後して登場人物も多いので、一見するとわかりづらいところもあるけれど、読んでいけば次第に靄が晴れてきて、人物の配置がすっきりと鮮やかに見えてくるし、その心理も的確に映し出されて、各場面であえかな抒情も醸し出されてくる(とくに亮と里穂がひめやかに育んだ思いがひときわ美しくて心が震える)。