『存在のすべてを』 塩田武士著
朝日新聞出版より九月七日発売予定
塩田武士といえば、グリコ・森永事件を題材にした『罪の声』(二〇一六年)だろう。迷宮入りした事件を、脅迫状のテープに使われた少年の声の主を主人公にして、犯罪に巻き込まれた家族と、未解決事件を追及する新聞記者の活躍を描いて、厚みのある社会派サスペンスに仕立てた。週刊文春ミステリーベスト10で第一位に輝き、第七回山田風太郎賞を受賞したのも当然だった。
『罪の声』から六年、新作『存在のすべてを』は、『罪の声』を超える塩田武士の代表作で、いちだんと成熟して読み応えがある。物語はまずある誘拐事件から始まる。
一九九一年十二月十一日、厚木市内の輸入家具販売会社経営の立花博之方から一一〇番通報があった。息子の敦之が誘拐された、犯人から明日の朝までに二千万用意しろといわれたというのだ。ただちに神奈川県警は身代金目的誘拐事件と断定し、さまざまな部署を動員しての捜査本部をもうける。その数、二百七十九名。だが、誘拐事件の進行に警察は若干の懸念を抱いた。立花の経済状況はよくなくて、かき集めても五百万しか用意できなかった。翌日、犯人から動きの指示があったものの、身代金の有無も、目的地への到着時間という要となる情報も抜け落ちていた。