さらに本書で特徴的なのは、絵画制作における問題を追求していて、ミステリのみならず優れた芸術家小説にもなっている点だろう。たとえば、水を描くなら、水を描こうとするなという。「実際に目にしているものを丁寧に拾っていく。透けて見える石とか太陽の光とか水面の揺らぎとか。そういうものを一つずつ描いていくと、いつの間にか水があるように見える」のである。「大事なのは存在」であり、その震えをつかみとれということなのだが、これは本書の主題の一つでもある。

 いかにもミステリ的な『罪の声』というタイトルと比べると、『存在のすべてを』はエンタメとしては硬い響きがあるけれど、読めば納得するだろう。事件関係者の存在のすべてを描ききっているからだ。「『生きている』という重み、そして『生きてきた』という凄み」がひしひしと伝わってくる傑作である。

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