同日午後二時に、横浜市中区の住宅から一一〇番が入った。四歳の孫が誘拐され、身代金を要求されたという。前代未聞の二児同時誘拐事件の出来だった。被害男児は内藤亮で、祖父の木島茂は健康食品会社をおこしていまや年商一千億円で、身代金は一億円。担当の刑事たちは、立花敦之君の誘拐事件が囮で、内藤亮君の誘拐事件こそが本命と見たが、人員を移動させるわけにもいかなかった。

 まず、この誘拐事件の顛末をかたる序章「誘拐」がスリリングだ。展開が早く、意外性もあり、どうなるのか惹きつけられてしまうのだ。読者の興趣を奪うので曖昧に書くが、四歳の亮は三年後、木島家のインターホンを鳴らして無事に保護される。そして物語は、三十年後の二〇二一年に移り、内藤亮君事件を担当した元刑事の葬式の場面から第一章「暴露」が始まる。亡くなった刑事と生前親しく付き合っていた新聞記者の門田の視点になり、誘拐事件の被害者男児・内藤亮が、いまや新進気鋭の画家・如月脩であることが知らされる。事件最大の謎である「空白の三年」については固く口を閉ざしていたことも。

 こうして物語は門田、内藤亮を少年時代から知る土屋里穂、亮と関わるようになる写実画家夫妻などの視点から、三年間に何があったのか、どのように人生を送ったのかが、くわしく描かれていく。

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