ツァイ・グオチャン/さい・こっきょう/1957年、中国福建省生まれ。欧米の大美術館での個展やプロジェクト多数。世界文化賞など受賞(撮影/写真映像部・高野楓菜)
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 火薬の爆発による絵画やプロジェクトで知られる現代美術家の蔡國強さんが、福島県で壮大な花火を打ち上げ、東京では大個展を開催。日本への特別な思いとは──。AERA 2023年8月14-21日合併号より紹介する。

【写真】「蔡國強 宇宙遊─〈原初火球〉から始まる」展の会場の様子はこちら

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「日本人は、なぜこんなまずいものを食べているんだろう」

 1986年末に中国から、知人の仲介でたまたま日本にやってきた蔡國強さん(65)は、東京・板橋の安アパートに住み始めたころ、そう思っていた。

 スーパーで一番安い食べ物を買っていたのだが、友人に指摘され、包装のネコの絵に気づく。キャットフードだったのだ。

 4畳半の部屋に3畳の台所。子ども用花火やマッチの火薬を使い、小さな画面に火薬画を描いていた。小さな部屋にいながらも、時間と空間の無限性や、外星人(宇宙人)の視点から人類を見ることを夢想していた。

 細々と発表を続けるが、たいして絵は売れない。そんな状態にあった88年に、福島県いわき市の画廊を紹介され、個展を開いた。数奇とも言うべき、いわきとの関係が生まれる。

 美術に詳しくはないが、蔡さんの人柄と発想の大きさにほれた会社役員の志賀忠重さんは、作品を多数購入。94年にはいわき市立美術館で個展を開くことになり、蔡さんは前年から7カ月ほど現地に家を借りて制作した。志賀さんらいわきの仲間たちと、沖合に浮かべた全長5千メートルの導火線を夜に爆発させ、“地球の輪郭を描く”プロジェクトも実現させた。

満開の桜を思わせる煙

福島県いわき市で6月に行われた昼花火「満天の桜が咲く日」から。最後の場面に登場した「桜の絵巻」。約3800人が見守った

 今年6月26日には、東日本大震災の犠牲者を鎮魂し、混迷する世界の平和を願うため、いわきの海岸で煙による昼花火のプロジェクト「満天の桜が咲く日」を実施した。4万発の花火を打ち上げ、満開の桜を思わせるピンクの煙や、祈念碑としての白い煙を大空に描いた。

 私も現地で取材をしたが、1カ月以上がたった今も、火薬のにおいとともに、豪快にして端正な色と煙の表現を体感した記憶がよみがえってくる。

 そして、東京・六本木の国立新美術館でも大規模な個展を開いている(8月21日まで。主催は同館とサンローラン)。

 間仕切りのない約2千平方メートルの展示室を、蔡さんは「広場の感じ」と話す。手前半分を占めるのは、放射状に置かれた、長さ約6メートルの屏風状の作品7枚だ。同心円状の爆発の跡があれば、ガラスを使ったカラフルな表現もある。

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