暴力団(ヤクザ)の存在は知っていても、自分とは無関係の世界に生きる人たちだという認識の人がほとんどではないだろうか。ヤクザをテーマにした映画や漫画などはあるが、実際に目にするのはニュースで何か事件が起きたときがほとんど。良いイメージがないのが現実だ。
「暴力団の家族として生まれ育った子供たちは、社会の中でどう生きているのだろうか――」
今回みなさんに紹介するのは『ヤクザ・チルドレン』(大洋図書)。同書は著者である石井光太氏のこの言葉から始まる。ヤクザの悪事については知っていても、その家族のことを考えたことがある人はほとんどいないだろう。同書ではヤクザの家に生まれた14人の子供たちの壮絶な生き様が紹介されている。以下はインタビューに応じた1人の子供の言葉だ。
「ヤクザの家庭で生まれ育つということが、どれだけつらいことなのかわかってもらうためです。暴力、ドラッグ、差別、貧困、離婚、社会のあらゆる問題が全部家の中につまっている。それなのに、子供は苦しいと声を上げることさえできず、自分が体験してきたことを隠して生きていかなければならないんです。大人になった後も、就職しようとする時、結婚しようとする時、子供ができた時、必ずそのことが高い壁となって立ちふさがることになる」(同書より)
ヤクザと覚醒剤の関係は特に深く、密売する傍ら自らも利用して依存するものがとにかく多い。同書で最初に登場する河野晴子氏も覚醒剤に翻弄された1人である。
「ヤクザの子供や女の何がつらいって、そういう側面をずっと見せつけられることだと思う。本当に不幸な立場です」(同書より)
こう語った彼女の家は常に貧しく暴力が日常茶飯事。10歳までに自身も2度の性犯罪に巻き込まれたという。その後は不登校から不良の道へと足を踏み入れ、さらには覚醒剤ジャンキーだった両親に振り回され自殺未遂まで。不幸な人生はそれで終わらず、16歳で働き始めた店で知り合った覚醒剤ジャンキーの暴力団構成員との地獄のような同棲生活が10年続き、その間に3人の女の子を出産する。当時を振り返り「自分で働いたお金で娘たちのお腹を満たし、1枚の毛布で身を寄せ合って寝るのが幸せだった」と普通にある当たり前のことを幸せだと語る彼女の言葉が印象的だ。
その一方で、ヤクザだった父親を尊敬する子供もいる。同書に登場する吉川真緒氏はその1人。幼いときに両親が離婚し、母親の元で育った彼女は、母親の育児放棄・家庭内暴力・覚醒剤に溺れる姿に「家の中はホラーみたいな状態」と当時を振り返る。14歳のときに母親に地元のスナックで働くように言われ、その後も母親によって支配される人生に耐えられなくなり父親に助けを求めることに。一緒に暮らしたのは父親が病気で亡くなるまでのたった1年だけだったが、その1年があったからこそ今があると彼女は語る。
「私にとってヤクザだった父は、心の支えだったんです。お父さんがいたから、私は生きてこられた。そうじゃなかったら、この人生に耐えられなかったかもしれません。
一つだけ願っていることを挙げるなら、お父さんと同じお墓に入ることかな。(中略)いつか、私が死んだときにそこに入って、お父さんと一緒にビールを飲みたいですね」(同書より)
最後に紹介する伊坂辰也氏はヤクザだった父親の言葉で人生が変わった1人だ。両親は彼が小学1年生のときに離婚していたため、実の父親がヤクザだと知ったのは小学校高学年になってからだという。そこからプロサッカー選手を夢見ていた少年の人生が狂い始め、月1ペースで会っていた父親の影響もあり、暴力団の道を目指すように。最初は自分と同じ道を目指す息子に賛成していた父親だが、時代とともに未来のないヤクザの世界を懸念して自分と同じ道に進むことを許さなかった。現在はキャバクラ店のオーナーとして3号店オープンを目標に頑張っているという。
「少年院を出る時、実父から暴力団に入るのは止めろと言ってもらえたのは幸運だと思っているという。それがなければ今の成功はない」(同書より)
普通に生活している我々にとっては信じがたい世界がヤクザ・チルドレンにとっては日常なのである。"子供は親を選べない"とはよく言うが、子供たちは与えられた世界で必死に自分なりの幸せや生きがいを見つけようとしていることが同書を読むとよく分かる。我々はそういう世界で必死に生きている子供たちがいるという事実をまず知る必要があるのかもしれない。