

1983年は前年から5組減の延べ73組(5組は二度)が来日した。20組のフュージョン/ワールド系が首位に返り咲き、15組の新主流派/新伝承派、14組の主流派、12組のヴォーカル、5組のフリー系、4組のスイング・ビッグバンド、2組のモダン・ビッグバンド、1組のスイングが続く。野外フェスは「ライヴ・アンダー・ザ・スカイ」「ニューポート・ジャズ・フェスティヴァル・イン斑尾」、大盤振る舞いが祟ったのか? 4回目のこの年で幕を閉じた「オーレックス・ジャズ・フェスティヴァル」が催された。観たのは5月のベイシー楽団、9月の「オーレックス」、10月の「マントラ」だけだ。11月のジョージ・アダムス=ドン・プーレン・カルテットだけは今更ながら気になる。
来日数は微減にとどまったが録音数は45作から30作と、大幅減となった。スタジオ録音は19作ある。日本人と共演したリーダー作/ゲスト参加作は13作で、うち7作は和ジャズだ。ライヴ録音は11作ある。日本人との共演作は2作で、1作は和ジャズだ。和ジャズ、ライヴ録音が2曲しかない「ウェザー・リポート」の『ドミノ・セオリー』、同年の録音が1曲しかないスティーヴ・レイシー(ソプラノ)の『デュエッツ』、入手が絶望的な「オーレックス」の4作を外すと、候補作はスコット・ハミルトン(テナー)の2作(同日)、JATP、マントラの計4作しか残らなかった。いずれも贔屓目に見ても好ライヴどまりなので見送る。なお、入手難で外した「オーレックス」の4作も同様だ。
1984年は前年から10組減の延べ63組(4組は二度)が来日した。前年に続いて20組のフュージョン/ワールド系が首位に付き、14組の主流派、11組の新主流派/新伝承派、10組のヴォーカル、5組のフリー系、2組のモダン・ビッグバンド、1組のトラッドが続く。野外フェスは「ライヴ・アンダー・ザ・スカイ」「ニューポート・ジャズ・フェスティヴァル・イン斑尾」「UMKフェニックス・ジャズ・イン」が催された。前年末に転職、未経験分野1年目の身に余裕はなく、4月のリンダ・ロンシュタットしか観ていないと記憶する。それも、終演後に寝台急行列車で東京本社に向かう有様だった。心残りは5月のカーラ・ブレイと、またも11月のアダムス=プーレン・カルテットだ。
来日数はまずまずにせよ録音数は22作と、さらに減った。1982年の半分もない。スタジオ録音は16作、日本人と共演したリーダー作/ゲスト参加作は14作にのぼり、8作は和ジャズだ。ライヴ録音は6作しかない。日本人との共演作は1作で和ジャズだ。同作と、どうも感心しないアート・ブレイキー&ザ・オール・スター・ジャズ・メッセンジャーズの『スーパー・ライヴ』、キャロル・スローン(ヴォーカル)の『ア・ナイト・オブ・バラード』は外し、「アート・アンサンブル・オブ・シカゴ」の『コンプリート・ライヴ・イン・ジャパン’84』と、ジュニア・マンス(ピアノ)の『ザ・ファースト』『ザ・セカンド』をとりあげる。今回は「アート・アンサンブル・オブ・シカゴ」盤だ。
「アート・アンサンブル・オブ・シカゴ」は1965年に組織されたAACM(※)を母体として、1968年に結成された。レスター・ボウイ(トランペット)、ロスコー・ミッチェル、ジョセフ・ジャーマン(リード)、マラカイ・フェイヴァース(ベース)、ドン・モイエ(ドラムス)からなる、フリー系のブラック・ミュージック・グループだ。初来日は1974年11月、その先鋭性と娯楽性に感銘を受けたという方が少なくない。1984年4月に10年ぶりに再来日、東京は五反田の簡易保険ホールでの公演がライヴ録りされた。1985年に一枚ものの抜粋盤(写真下)が、1988年に長尺5曲を追加収録した二枚組の完全盤(写真上)がリリースされている。完全盤にそって見ていこう。
一枚目は丸ごと完全盤への追加曲だ。おかげで、やんわりスタートしたことが知れる。闘牛場のファンファーレが祭りの始まりを告げ、華やいだパレードがいつしかアフリカの村に辿り着く《スパニッシュ・ソング》、スピリチュアルからシュールな懐メロに転じる《アンセストラル・ヴォイセズ~オールド》と、寛いだ印象なのだ。あとが凄いことに。《オーネダルース》はブラック・ミュージックの精髄をこれでもかとばかりにブチ込んだ怒涛の力演だ。パーカッション・アンサンブルとドラム・ソロの緊迫感に満ちた8分余が何かが起こる予感をいや増す。然り。三管がバップ風テーマをトップ・ギアで切り出し、ロスコーの激走を経て集団即興でひた走る。これに興奮しない者は音楽に縁はなかろう。
大興奮のあとは、いきなりの歓声と熱狂のワケが知れず悔し泣きする? パフォーマンス《ビギニング》、童心と諧謔が交錯する《ワルツ》と、チェンジ・オブ・ペースが続く。このあと、ノリのよさに心浮き立ちポリリズミックな競演に魅せられるパーカッション・アンサンブル《ビルディング・ザ・ミッド》、《パリの舗道》のシカゴ版と言うべきか、昔の貧民街の喧騒を描き出す《オール・タイム・サウスサイド・ストリート・ダンス》、一癖も二癖もあるグループ流マイナー・ハードバップ《ゼロ》、腰も揺れだすノリノリの《ファンキー・エイコ》と続き、同曲のクールダウン版《オドゥワラ~テーマ》を奏して、ブラック・ミュージックの一大テーマパークを思わせる大満足コンサートは幕を下ろす。
無数の楽器と演劇的な要素を含む手段を駆使した多彩な音楽は前衛性と娯楽性が両立、頭デッカチにもゲテモノにも堕さず、ダレず飽かさず簡明で快適、このうえなく楽しい。アフリカにつらなる「グレート・ブラック・ミュージック」を標榜したグループの諸作中、優にベスト・スリーに入る。31年の時を経て強度と鮮度が少しも落ちていないことこそ傑作の傑作たる証しだ。そんなジャズ史上の傑作が日本で生まれたことを誇らしく思う。今のところ入手が容易なのは初出の一枚ものに準拠した復刻盤(2010年)だ。確かにベストの選曲だが、やはり全貌にふれておきたい。iTunesで入手できるが、デジタル版に大枚をはたくこともなかろう。気長に探せば納得のいく価格の中古盤が見つかるはずだ。[次回5月11日(月)更新予定]
※ Association for the Advancement of Creative Musicians:創造的音楽家振興協会。1965年にリチャード・エイブラムス(ピアノ/作曲)を中心にシカゴで設立された、商業主義を排しアフリカン・アメリカンの独創性を目指す音楽家を支援する非営利組織。
【収録曲】
The Complete Live in Japan / Art Ensemble of Chicago (Jp-DIW)
[Disc 1] 1. Spanish Song 2. Ancestral Voices - Old
[Disc 2] 1. Ornedaruth 2. The Beginning 3. Waltz 4. Building the Mid 5. Ol' Time Southside Street Dance 6. Zero 7. Funky Aeco 8. Odwalla - The Theme
Recorded at Kan'i-Hoken Hall, Tokyo, on April 22, 1984.
Art Ensemble of Chicago: Lester Bowie (tp, flh, per), Roscoe Mitchell, Josef Jarman (saxes, fls, cls, per), Malachi Favors (b, per), Don Moye (ds, per).
【リリース情報】
1985 LP/CD Live in Japan (Jp-DIW)
1988 2LP/2CD Complete Live in Japan (Jp-DIW)
※[Disc 1] 1, 2 [Disc 2] 2, 4, 7を追加収録
2010 CD Live in Japan (Jp-Think!)
※このコンテンツはjazz streetからの継続になります。