ハワイの海岸で花火を見る長女。目で花火を追うことはできませんが、彼女なりに雰囲気と音を楽しんでいたようです(撮影/江利川ちひろ)
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「インクルーシブ」「インクルージョン」という言葉を知っていますか? 障害や多様性を排除するのではなく、「共生していく」という意味です。自身も障害のある子どもを持ち、滞在先のハワイでインクルーシブ教育に出合った江利川ちひろさんが、インクルーシブ教育の大切さや日本での課題を伝えます。

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  8月になりました。高2の次女は今週末に花火大会に行く約束をしているらしく、以前私が着ていた浴衣を出してきて試着したり新しい小物を買いに行ったりと忙しくしているようです。

 実は、次女が大きな花火大会に行くのは今回が初めてです。双子の姉は寝たきりの医療的ケア児、弟も足が不自由という環境で育ったため、幼少期には混雑している場所に行く機会はほとんどありませんでした。それでも、我が家の子どもたちは花火が大好きです。今回は、花火について書いてみようと思います。

■ビーチにもアスファルト

 子どもたちが唯一花火を見られたのが、ハワイにいた頃、毎週金曜日に海岸から打ち上がるイベントでした。5分ほどで終わってしまうのですが、週に1度楽しみにしていました。

 私たちは、まだ上手に歩けなかった息子を受け入れてくれる幼稚園が見つからず、受け入れを快諾してくれたプリスクールへ入れるためにハワイに来て以来、ときどきハワイで過ごしていました。ハワイでの生活は、基本的に大人は私ひとりで3人の子どもたちと過ごしていたのですが、バギーや車いすでも問題なく移動できるのがアメリカ社会です。ビーチの真ん中にもアスファルトが通っているので、私たちはいつも一番きれいに見える砂浜から鑑賞していました。花火の開始直前は多少の人混みもありますが、移動に苦痛を感じたことは一度もありませんでした。

 ある時、いつも通りにビーチで花火を見るつもりが、部屋を出るのが少し遅くなり、花火の打ち上げ準備のために、滞在していたコンドミニアムから浜辺まで通り抜けができなくなっていたことがありました。大人の背丈なら問題なく見える場所ですが、車いすの息子は人混みに埋もれてしまいます。少し大回りをして別のルートから浜辺へ出ようとしましたが、車いすを押して人の流れと逆向きに進むのは困難な状況でした。すると、私たちのようすに気付いたアメリカ人女性が「There’s a boy in a wheelchair!(車いすの男の子がいます!)」と大きな声で呼びかけてくれ、それをきっかけに伝言ゲームのように次々に自分の前の人へ伝えてくれて、海岸方向に続く人混みの最前列までサーッと道が開いたことがありました。途中で「もう大丈夫」と言ったものの、周りの方が笑顔で優しく背中を押してくれたおかげでどんどん前へ進んでいき、最終的には通り抜けができなくなる境界線のところで見ることになりました。

 もちろん、車いすユーザーの子どもを連れているから優先されて当然とは思いません。ただ、全く知らない人たちの中で自然に道が開いて私たちを通してくれる姿は、アメリカならではの文化なのだと思います。花火に限らず、私が大人ひとりと子ども3人で生活できた背景がこのエピソードに詰まっているように思います。

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江利川ちひろ

江利川ちひろ

江利川ちひろ(えりかわ・ちひろ)/1975年生まれ。NPO法人かるがもCPキッズ(脳性まひの子どもとパパママの会)代表理事、ソーシャルワーカー。双子の姉妹と年子の弟の母。長女は重症心身障害児、長男は軽度肢体不自由児。2011年、長男を米国ハワイ州のプリスクールへ入園させたことがきっかけでインクルーシブ教育と家族支援の重要性を知り、大学でソーシャルワーク(社会福祉学)を学ぶ。

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