私の知っているある一卵性双生児の女の子のきょうだいは、どちらも肝試しが大の苦手で、キャンプの肝試し大会で友達みんなが一人ずつこわごわドキドキと闇の中に出発してゆくのに、その二人だけは参加するのを断固拒否しました。しかしみんなが怖がるジェットコースターは二人とも大はしゃぎでした(ちなみにこれは一卵性きょうだい二人を別々のグループにして別のキャンプサイトで過ごしてもらい、行動を比較するという、あるテレビ局の科学バラエティ番組の企画の中でのできごとでした)。同じ「恐怖心」でも、暗がりやお化けのようなイマジネーションが生み出す恐怖と、ジェットコースターのような身体感覚に訴える恐怖は、おそらく違う遺伝子の影響を受けているのでしょう。

 人間の脳が生み出す情報処理の仕方や、体のもつ特性は、想像以上に細かなところで使い分けがなされています。脳の機能が損傷された人に、たとえば「4と6の間の数は何ですか」と聞くと答えられなくなった人がいます。ところがこの人に「4月と6月の間の月は何ですか」と聞くと、ちゃんと5月と答えられたのだそうです。一見同じことをしている数の理解が、実は脳の別のところを使って行われていたのですね。もしこの異なる能力に違う遺伝子がかかわっていたとして、それらが独立の法則に従ってランダムに人々に受け継がれていたとしたら、このようなほんの些細な能力の間にも得意不得意の違いが生まれている可能性があることになります。

 ここまで説明したように遺伝子のどちら側が子どもに伝わるかと、また他の遺伝子とどのような組み合わせで伝わるかという2種類の遺伝子の伝わり方がランダムネスであることの重要なメッセージは、同じ親からも実にさまざまな遺伝的素質をもった子どもが生まれるのは自然な現象だということです。この親にしてこの子あり、遺伝だから親子は似るのが当然という先入観をくつがえされることがあっても、科学的に不思議なことではないのです。

 むしろ自分の子どもといえども、親とは遺伝子の組み合わせの異なる独自の存在であること、だからこそ子ども一人ひとりを独自の存在として、その個性を素直に見とどけることが大事であるということがおわかりになると思います。

安藤 寿康 あんどう・じゅこう

 1958年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、同大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。慶應義塾大学名誉教授。教育学博士。専門は行動遺伝学、教育心理学、進化教育学。日本における双生児法による研究の第一人者。この方法により、遺伝と環境が認知能力やパーソナリティ、学業成績などに及ぼす影響について研究を続けている。『遺伝子の不都合な真実─すべての能力は遺伝である』(ちくま新書)、『日本人の9割が知らない遺伝の真実』『生まれが9割の世界をどう生きるか─遺伝と環境による不平等な現実を生き抜く処方箋』(いずれもSB新書)、『心はどのように遺伝するか─双生児が語る新しい遺伝観』(講談社ブルーバックス)、『なぜヒトは学ぶのか─教育を生物学的に考える』(講談社現代新書)、『教育の起源を探る─進化と文化の視点から』(ちとせプレス)など多数の著書がある。