元朝日新聞記者 稲垣えみ子

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

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 梅雨明けになると、おお待ってましたと梅を干す。爽やかな風が吹き抜ける早朝、ベランダに出て樽から真っ赤に染まった梅を一つ一つ取り出し、ザルの上に互いがくっつかぬよう丁寧に並べていくと、こ……これは草間彌生様の水玉アート! と勝手に盛り上がってフンフン鼻歌まじりのにわか芸術家。

 近頃は毎年7キロほど仕込んでいたが、人様に差し上げたりしていたら1年持たせるのがギリギリになって、今年は10キロ。7キロも10キロも仕込みの手間も時間も変わらないのでどうってことないのだ。

 ところで最近「手軽に梅干し」というのが流行っているそうで、密閉できるプラ保存袋を使って冷蔵庫で仕込むのだとか。大きい容器や重石もいらない、冷蔵庫なのでカビの心配もないというのが売り文句。

和歌山で自ら収穫した梅だけに可愛さひとしお。大きさ色々なので日によって食べ分ける(写真:本人提供)

 なるほど。だが私から見ると手軽と言うよりむしろ大変に思える。だって昔ながらの保存食は、一度仕込んで常温でほったらかしておけば、取り出すだけで年中食べられることにその真髄があるのであって、いわば究極の「手抜き&エコ料理」なのだ。そして先ほども書いたように、作る手間は仕込む量はどうあれほぼ同じ。となれば、大量に作るほど一個当たりの手間は減ることになる。

 なのに、冷蔵庫とプラ袋を使って少量作るのが「手軽」に思えるのは、私が想像するに、それはズバリ「梅干しを滅多に食べない」からだ。もしかすると1年経ってもまだ冷蔵庫に残っている可能性も大と思われる。つまりはお手軽梅干しとは、ごくたまーにしか食べないオプション品を、少なからぬ手間暇とエネルギーをかけわざわざ作る行為にほかならない。お手軽どころか大変贅沢な行為といえよう。それはそれで楽しそうとも言えますが。

 でも、たまに食べれば十分という気持ちもわかるのよ。だって梅干しって強烈すぎるもん。私もよく考えたら毎年大量に仕込むから毎日食べざるをえず、好きにならざるをえなかったんだよね。あるものを好きになる。案外大事。

◎稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

AERA 2023年8月7日号

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稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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