何もすることがない退屈な時間は、想像力が飛翔したり、思考が熟成したりする貴重な時間でもあったのだ。

 退屈について考察している西洋古典学者のトゥーヒーは、つぎのような示唆に富む指摘をしている。

「退屈は、知的な面で陳腐になってしまった視点や概念への不満を育てるものであるから、創造性を促進するものでもある。受容されているものを疑問に付し、変化を求めるよう、思想家や芸術家を駆り立てるのだ。」(トゥーヒー著 篠儀直子訳『退屈─息もつかせぬその歴史』青土社)

 近頃は、退屈しないように、あらゆる刺激が充満する環境が与えられているが、それでは人々の心はますます受け身になってしまう。自分の思うように動くため、ときに危なっかしくも見えてしまう幼児期のような自発的な動きを取り戻すために、あえて刺激を断ち、退屈で仕方がないといった状況に身を置いてみるのもよいだろう。

 そんな状況にどっぷり浸かることで、自分自身の内側から何かが込み上げてくるようになる。それが、与えられた刺激に反応するといった受け身な生活から、主体的で創造的な生活へと転換するきっかけを与えてくれるはずだ。

 やるべきことが詰まっている時間には、想像力が入り込む余地がなく、創造的な生活を生み出すことがしにくい。何もすることがないからこそ、その空白の時間を埋めるべく想像力が働き出し、創造的な生活への歩みが始まるのである。

榎本博明 えのもと・ひろあき

 1955年東京都生まれ。心理学博士。東京大学教育心理学科卒業。東芝市場調査課勤務の後、東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学大学院助教授等を経て、MP人間科学研究所代表。『「上から目線」の構造』(日経BPマーケティング)『〈自分らしさ〉って何だろう?』 (ちくまプリマー新書)『50歳からのむなしさの心理学』(朝日新書)『自己肯定感という呪縛』(青春新書)など著書多数。

暮らしとモノ班 for promotion
なかなか始められない”英語”学習。まずは形から入るのもアリ!?