戸辺は現在、NHKの将棋番組で講師を務めている。アマチュアに人気の振り飛車の使い手としてファンが多い。
「振り飛車はAI(コンピューター将棋ソフト)の評価も低いこともあって、指すのはプロの中では少数派です。でも僕は振り飛車は芸だと思っています。AIでの研究はほとんどしません。みんなAIの影響で同じような将棋になっちゃうのはいやだから。ルールに縛られている世の中で、将棋ぐらいはおおらかに自由に、好きに指したいんです」
戸辺にはプロを目指す7人の弟子がいる。
「弟子に言っていることですか? きちんと挨拶をする。お礼は何度も言う。失敗したらすぐに相手に謝る。記録係は余裕があればなるべく務める。どうしてもわからないときにはAIに頼るのもいいけれど、まず自分で考える。そんなところですね」
19年。戸辺は和服で横浜スタジアムのマウンドに立った。ずっと応援し続けてきたベイスターズの始球式だった。
「渡辺名人や藤井竜王なら別ですけど、私は普通の棋士です。それほど名前は知られていません。一目で将棋の人だとわかってもらえるように、和服でやらせてもらいました」
事前練習で渡辺にキャッチボールをつきあってもらった。本番でのピッチングは見事でスポーツニュースでも取り上げられた。
(文/松本博文)
※松本博文著『棋承転結 24の物語 棋士たちのいま』(朝日新聞出版)から一部抜粋/AERA2021年12月27日号初出