タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復する小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。
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職場の女性用トイレの使用制限は不当だとして、経済産業省に勤めるトランスジェンダーの職員が国を訴えた裁判で、最高裁は5人の裁判官全員一致で職員の訴えを認める判決を下しました。さらに5人全員が内容を補足する意見を述べるという異例の判決です。
トランスジェンダー女性の女性用トイレの使用については、認めればトランス女性を装った性犯罪が増えるなどと主張して偏見を助長する言説がネットで広まっています。今回の判決を受けて、訴訟を起こした職員は「それぞれの事案を具体的に考えて対応するべきだと述べた点は評価できる。自認する性別に即して社会生活を送ることが法的な利益であり、トイレやお風呂だけに矮小化(わいしょうか)する話ではない」と述べました。宇賀克也裁判官は意見の中で「ほかの職員が違和感を抱くとしたら、トランスジェンダーへの理解が十分でないことが考えられるのに、経産省は研修などの取り組みをしていなかった」と職場環境の改善不足を指摘。長嶺安政裁判官は「自認する性別に即して社会生活を送ることは誰にとっても重要な利益だが、特にトランスジェンダーにとっては切実な利益で、法的に保護されるべきだ」と述べました。
言うまでもなく、トイレでの犯罪行為は、公共のトイレを使用する全ての人の安全を脅(おびや)かします。その「全ての人」には、現在、男女別トイレを使用しているトランスジェンダーの人たちも含まれます。安全なトイレは、トイレをトランスジェンダーではない人だけの場所にしても実現しません。プライバシーを確保し死角を作らない設計、逃げ道や通報手段の確保など、取り組むべき多くの課題があります。そして偏見や無知が、トランスジェンダーの人たちにとって深刻な脅威になっています。今回の判決は重要な一歩と言えるでしょう。
◎小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。寄付サイト「ひとりじゃないよPJ」呼びかけ人。
※AERA 2023年7月24日号