処理水の放出に向けて準備が進む東京電力福島第一原発
処理水の放出に向けて準備が進む東京電力福島第一原発

 甲板の2人の会話に戻ろう。料理人の増子が基文に言う。

「毛ガニでもトラフグでも、やはり伝統の『常磐もの』の味がぼくらの信頼関係の誇りだね」

 基文が直接取引を通じて増子のような信頼関係をつないだ料理人は、30人を超えた。人を介して魚を送ったものまで含めると、100人をとうに超えた。

■漁師と農家をつなげる

 東京・市ケ谷の和食店「五色」の料理長、佐藤佳邦(37)あてに7月のはじめ、アナゴが届いた。「休漁期にはいるからねと、もっちゃんから連絡がありました。めっちゃうまくて、お客さんに喜ばれました」「(処理水は)心配だけど、福島の応援団がいる。福島の魚のおいしさと安全を知ってほしい」と話す。

 基文は言う。

「福島の漁師は、原発事故以来『風評』という言葉に翻弄(ほんろう)されてきたけれど、消費者と連携の幅を広げて、足腰がずいぶん鍛えられたと思いますよ」

 相馬の船が水揚げをする原釜市場の中に事務所を構える、仲買人の飯塚哲生(39)も、こうした「足腰」を5月の連休明けに鍛え直した。関東圏などに住む約30人の「相馬ファン」と、コロナ禍を挟んだ3年ぶりに再会。相馬の魚を食べてもらった。「ああ、この付き合いは一生モンになるな。事故がなかったら、こんな人間関係はなかった」

■「責任」押し付けないで

 飯塚が言い出しっぺになって、地元の魚や野菜を首都圏などの読者に冊子付きで送る「そうま食べる通信」を、2015年に創刊。季刊で20年まで20号続いた。地域の漁師と農家がつながるきっかけにもなった。

「しらす」「水ダコ」「ホッキ貝」「サメガレイ」。相馬の生産者のこだわりと、地域のつながりを、都市部の消費者に伝えた。

「ミルキーエッグ」「アヒル米」「カボチャ」。魚ばかりでなく農家も引き込んで、地域の人づきあいも広げることができた。

 ただし、こうした「個別取引」は全体の2割。毎日の魚の流通の8割は各地の市場取引に左右される。

「メディアはいろいろ心配ごと書くけれど、ホンネを言えばだまっていてほしい。風評ってそんなもんでしょ」

 原釜市場から南へ60キロ余り下った富岡漁港。ここで4年前に釣り船「長栄丸」を再開した石井宏和(46)は、「政治家は漁業者に責任を押し付けないでほしい」と言う。

「大臣や政治家がしょっちゅう地元に来るんですけどね、『私が責任をとるから任せてほしい』とはだれも言わない。漁業者が反対しているから前に進まないようにされるのは、おかしい」と憤る。

 北海学園大の濱田武士教授(漁業経済)は、震災以来、福島県漁連の「県地域漁業復興協議会」などに参加して助言を続けてきた。

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