福島県漁業の主力と言われる沖合底引き網漁船が松川浦に並ぶ。菊地基文(後ろ姿)は、7、8月の休漁期、網や部品整備に忙しい(撮影・遠藤智哉)
福島県漁業の主力と言われる沖合底引き網漁船が松川浦に並ぶ。菊地基文(後ろ姿)は、7、8月の休漁期、網や部品整備に忙しい(撮影・遠藤智哉)
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 東京電力福島第一原発の処理水の海洋放出について、政府は「夏ごろ」にも放出する計画で準備を進めているとされる。福島県漁連は一貫して反対の方針だが、個別の漁師たちは消費者と連携するなど、独自の対応を探っている。AERA 2023年7月24日号の記事を紹介する。

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 福島県相馬市。太平洋につながる松川浦の白い岸壁に、20メートルクラスの中型底引き網漁船が約20隻並ぶ。

 そのひとつ「清昭丸」(19トン)の甲板の日陰で、船主の菊地基文(46)が、友人の割烹店(郡山市)料理長増子勝也(46)と向き合っていた。

「休漁明けの9月はね、メヒカリとノドグロが旬だよ。相馬の魚は脂がのってるんだ」「ちょっと心配している人もいるね」

 漁網を修理する手を休めて話し込んでいた。

 休漁期に入った7月の初め。増子が遊びにやってきた。6年前の「がんばる漁師を支援する」イベントで知り合った。年が同じこともあって気が合う。

中型底引き網漁船「清昭丸」の船主、菊地基文さん(左)(撮影・遠藤智哉)
中型底引き網漁船「清昭丸」の船主、菊地基文さん(左)(撮影・遠藤智哉)

■「常磐もの」の味が誇り

「ちょっと心配」と基文が漏らしたのは、8月の盆明けにも予想される「原発処理水の海洋放出」のことだ。

 福島県漁業協同組合連合会の野崎哲会長はこの5月、朝日新聞のインタビューに対し、あらためて反対姿勢を強調した。

「沿岸漁業は原発事故後、約9年間も試験操業をしながら、福島の魚の安全性を確認してきた。2021年4月から本格操業再開に向けた移行期に入り、水揚げ量を増やそうとしている」

「燃料デブリ(溶け落ちた核燃料)に触れた地下水は絶対に流さないでほしいと求め、国と東電、県漁連の3者で『関係者の理解なしには処分しない』と約束を交わしたんです」

「しかし東電は、すでに処理水を放出するための陸上施設や海底地下トンネル、海底の放出口の設置工事を先行して進め、6月にも整備を終えるとしています。約束を破り、海洋放出を強行するのではないかと心配しています」(5月27日付朝日新聞)

 会長は「本格操業の再開への移行期」に入ったと言うが、22年の県の水揚げ量は、なお震災前の2割(約5525トン)に過ぎない。ただ、沖合底引き網船は、これまでより網を引く回数や出漁時間を増やしている。結果として、相馬双葉漁業協同組合の沖合底引き網漁は、23年時点(22年9月~23年6月)で2583トンと昨季より595トン増え、震災前の54%まで回復した。県漁連でひとり気を吐いている格好だ。

 休漁明けの9月には宮城県との「入会(いりあい)協定」が復活、新たに「宮城沖」での漁が解禁される。震災前は、茨城県や千葉県とも「入会協定」があり、福島の船は3県に出漁していたが、今回は12年目にしてようやく、宮城県沖に入れるようになった。

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