とはいえ、湯船から見下ろす形でステージが設けられ、お湯につかりながらパフォーマンスを見て楽しんだり、ステージ上で行われるヨガ指導に合わせて湯船の中や展望テラスで実践したりするなど、日本では考えられない楽しみ方も提供されている。建設のきっかけは日本の温泉だったが、オーストラリアで進化させたということだろう。
■和牛もグラスフェッド
このスパのあるモーニントン半島では、シャルドネやピノノワールを用いた良質のワインが生産されている。
ワイナリーが経営しているレストラン「ローラ」で昼食を取ることになった。米大統領時代にオバマ夫妻が訪れたこともあるという有名店だが、またまたオーストラリアと日本の関係に気づかされることに。
メインとして出てきたのはステーキだが、メニューを見ると「wagyu」の文字が。
「最後の段階で穀物を食べさせますが、それまではずっと牧草で育ったワギュウです」
とマダムが説明するのを聞いて、シドニーのステーキハウス「ロック・プール バー&グリル シドニー」で、日本の高級肉と違い、サシの部分が少ない赤身肉の濃厚な旨味を堪能した後、スーシェフのルーク・バークさんがオーストラリア牛について饒舌に話してくれたことを思い出した。
「グラスフェッド、つまり牧草を食べて生育した牛の肉です。タスマニアで生産された牛のレベルは、まさに最高峰です」
オーストラリア大陸の南東約300キロにあるタスマニア島には、島全体の2割ほどが世界遺産に指定されているほど手つかずの自然が広がる。同地の空気は、強い偏西風と南極からの風のおかげで世界で一番澄んでいると言われ、当然のことながら、雨水もきれい。そんな環境で育つ牧草を食べ、歩き回って育つ牛の肉である。
日本国内で生産されるブランド牛といえば、麦やトウモロコシや大豆などで育つ。酪農家によってはビールを飲ませるなどして、サシの量を競い合っているのとは対象的だ。
ついつい「この年になると、サシがいっぱい入っている和牛よりもタスマニアの赤身肉の方がいいね」とつぶやいたところ、バークさんは不思議そうに「ワギュウには敬意を持っています。オーストラリアではワギュウを他の牛とは分けたうえで牧草で育て、高級牛肉として流通しているんですよ」と語った。
実は1990年代、オーストラリアの酪農家が北海道の畜産農家から和牛遺伝子を譲り受け、当地に持ち込んで育てた。その子孫たちは「ワギュウ」と呼ばれ、高級牛肉の代名詞となっているという。
そのことを事前に知っていればワギュウを頼んだのに、とシドニーで後悔したが、「オバマの店」で味わえたわけだ。非常に柔らかいうえ、肉肉しいおいしさが後を引いた。
このあと訪れたカフェやブリュワリーでは、メルボルン市民の好きなコーヒーやビールにまで、日本文化が深く浸透していることを実感させられることになる。(ライター・菊地武顕)
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※AERA 2023年7月17日号より抜粋