名医はすでに引退しており、診察室にいたのは若先生。あちゃーと思ったのもつかの間、若先生は「あなたね、痔を軽く見ちゃいけないんだよ! 今手術しないと一生困ることになるよ!」と、悪質な訪問販売員のようにたたみかけてきた。あまりのけんまくに押し切られ、渋々承諾したA。だが、若先生は手術の腕にも問題があったようで、術後、Aの肛門は極度に狭くなり、便を出すのに大変な苦労を伴うようになった。
いぼ痔が治った代わりに、切れ痔にさいなまれる毎日が幕を開けた。便座に座るたび、「ここはゆっくり圧力をかけて慎重に出すべきか? いやいや短時間で一気に勝負に出るか?」と逡巡する。忙しいので、たいていは後者をチョイス。そして肛門は裂け、鮮血が流れる。ひどいときは便が出るまでに1時間かかり、トイレから出るころには汗だくだ。
手術から30年ほどたった今も、状況は大きくは改善していない。「今はまだ便をしぼりだす気力と体力があるけど、老後寝たきりになったらどんな悲惨な最期を迎えるのか……。いやーもうほんと、俺の肛門返してくれよ!」
Aの悲痛な叫びは、すでに廃業した若先生の耳に届くことはない。
前出の平田院長は、Aのように手術の後遺症に苦しむ人々の姿を何人も見てきた。ある20代の女性は、肛門の太さがボールペンほどになってしまったことで自殺を図り、見かねた母親が平田院長のもとに連れてきた。ここまで細い肛門では皮膚移植もできないため、投薬と生活指導を3年続けた結果、粘膜が柔らかくなり伸縮できるようになった。回復してから3年後、女性から「結婚して子どもができました」と喜びの手紙が届いたという。
一方、空手のチャンピオンだった20代の男性は、手術の際に誤って肛門の括約筋を切られてしまい、常に便が漏れてしまう状態になっていた。だが、完全に断裂した括約筋を再建することは不可能だ。その旨を伝えると、男性は泣いて帰っていったという。