その政治手法に賛否はあるが、書籍の売れ行きから、国民からの人気の高い政治家であると言えるだろう。事件直後の昨年7月9日、現場で取材をした記者も、事件現場となった近鉄大和西大寺駅前に設けられた献花台に並ぶ人の多さを目の当たりにして安倍氏の人気の高さを実感した。若い世代も多く、話を聞いた女子高校生は「SNSとかでもすごくほほ笑ましい写真が上がっていて、『おじいちゃん』みたいな親しみがありました」と涙ぐみながら答えてくれた。通算8年8カ月に及ぶ長期政権だったこともあり、海外の首脳から厚い信頼を得るなど外交面で功績を残したとの評価もある。

 書店勤務や雑誌の編集経験があり、書評家としても活躍するライターの永江朗氏は安倍元首相に関する書籍の売れ行きについてこう話す。

安倍晋三の支持者が買っている、というのではないと思っています。主な購買層は、いうなれば彼のファンなのではないかと。そうった意味で安倍本は“アイドル本”だと思います」と語り、こう続ける。

「戦後民主主義を否定したり、反リベラルな考え方に共感する人が安倍氏への懐かしさから買っているのではないか。90年代回顧本や、平成回顧本などと似た読まれ方です。安倍晋三を回顧しつつ、読者自身の人生を投影するような感じとでもいいますか」

 売れているのは、安倍氏の亡くなり方も影響している、と永江氏は見る。

「安倍氏のような亡くなり方をする総理大臣は滅多にいない。これがもし病気で亡くなったのであれば、いまのような盛り上がり方はしていないのだと思います。非常に劇的な死に方といいますか。私がアイドル本と言っているのにもそこに理由があります」

 戦後の総理大臣で国民に爆発的な人気がある政治家として、真っ先に名前が挙がるのが田中角栄氏だろう。関連本も多く出版され、死後30年が経とうとしているいまでも出版され続けている。2016年には田中氏の生涯を描いた故石原慎太郎氏の『天才』が出版され、92万部のベストセラーになり、18年には文庫化された。最近では、ジャーナリストの田原総一朗氏と日本経済新聞記者の前野雅弥氏の共著『田中角栄がいま、首相だったら』が2022年に出版されるなど、「田中角栄がもし生きていれば……」というような書籍も出ている。

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“角栄本”と“”安倍本“は異なった読まれ方