元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。
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前回、ラッキョウと梅の仕込みで案外忙しいと書いたが、忙しいのにはもう一つ理由が。この季節は、田植えと梅の収穫を手伝いに行かねばならぬのだ。
いや「行かねばならぬ」と言っても頼まれているわけでもなんでもない。勝手に知り合いの農家に押しかけ、手伝いというよりニギヤカシ。っていうか要領悪くむしろ邪魔。それでも無理やり行く。というのは、最初は好奇心から始めたことが、いざやってみたら、やらないとその後の一年の生活に支障をきたすことが判明したためである。
どういう支障かと言うとですね、今じゃご飯と梅干しは我が食生活の基本のキで毎食欠かさず登場するんだが、その味わいがね、どうも違う。毎度ちゃぶ台の上にポンと乗っかる質素な日の丸ご飯を前に、よっしゃ今日も元気だご飯がうまい、何はなくとも十分幸せというイージーかつ確実な満足を堪能するには、その食べ物を育てる苦労と喜びに「いっちょかみ」しているのといないのとでは天地の差なのだ。
食べ物にありつけるとは、田んぼを整え水を張り苗を正しい場所にスチャッと植え付ける人、梅雨の中果てしない収穫作業をする人がいるということ。これがまあ大変なのよ。それを知れば目の前の日の丸ご飯こそが奇跡。粗食などと言う輩は正座! ってことで、一見刑務所の食事のように見えないこともない我が食卓がキラッキラの世界へ一変。となれば行きますよ当然。
それから初心者としてマゴマゴ作業していると、経験と知恵をフツウに持ってる人のかっこよさに圧倒される。高いハシゴにしがみつき熟れた梅の実によろよろ手を伸ばしている私の横で、ハシゴに頼らず木の枝をするする先まで登って、イケてる実をバシバシ取りまくる農家様のお姿は、投資で10億稼ぐ人とかより圧倒的にスタイリッシュ。私もかくありたしと思わずにはいられない。もちろん死ぬまで無理だが、これから貯めるべきものはカネより経験と、心に一点の迷いもなく確信できる清々しさも宝である。
◎稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
※AERA 2023年7月10日号