野党議員は、もちろん、それを強く主張してはいるが、ではどうやって変えるのかと聞くと、顔を曇らせるばかりだ。複数の立憲の議員の声を聞いたが、やはり、自分たちがいくら訴えても効果がないと嘆いている。さらに立憲を支持しあるいは、リベラル勢力の伸長を望む記者たちと話しても、はっきり言ってどうしようもないということになる。もののわかった有識者の多くも同じである。
そして、最近とみに増えているのは、野党の力で流れを変えるのはどう頑張っても無理だという人たちだ。「あるのは絶望だけ」という声を頻繁に聞く。
そういう考えを持っている人は、いずれは自民党政治が行き詰まり、日本が破綻すれば、国民が目覚めて自分たちの出番が来るのではないかということに希望を見いだすようになる。「破綻願望」だ。リベラル勢力の中に、「絶望から破綻願望」症候群が急速に広がっているのだ。
それだけなら驚く話ではないかもしれない。私が心底驚いたのは、自民党のある重鎮議員と話していた時のことだ。私が、「どうして自民党議員は、こんないい加減な政治を放置しているんですか。おかしいとわかっている人はいないんですか」と質問すると、こんな答えが返ってきた。
「残念ながら、ほとんど何も考えていない馬鹿な議員が増えてしまった。上の方を見て、その言いなりになっていれば、金とポストが降ってくると思っている連中だ」
「それでも、日本の危機がここまでくると、なんとかしなければと考える議員も増えている。彼らは、表向きは反旗を翻すわけではないが、勉強会などと称して、意見交換はしている」
私が、「勉強している場合ではない。早くしないと間に合わないのでは」と聞くと、
「そこが問題なんだよ。みんな勇気がないんだな。今声を上げても、安倍派が強くて『財政規律を取り戻せ』なんて声高に言おうものなら総攻撃を受ける。その結果、かえってますますおかしな方向に行ってしまうかもしれないし、自分も冷遇されて良いポストにもありつけない。どうせ岸田首相を代えても、今の安倍派1強体制では次の首相の政治も変わりようがない。しばらくは希望がないということだよ。何事もタイミングが大事。日本が本当に危なくなった時を待つ。その時こそ我々良識派の出番だとみんな思っているんじゃないのかなあ」