小林佳世子さん
小林佳世子さん
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 愛知県名古屋市にある南山大学経済学部准教授の小林佳世子さんは、2021年に初めての単著『最後通牒ゲームの謎』(日本評論社)を出した。「人間はどう行動するはずか」「行動すべきか」をベースに考えるのが伝統的な「経済学」で、実験などで調べたものをベースに実際の行動を議論するのが「行動経済学」である。両者はときに食い違う。その食い違いを徹底的に深掘りし、進化心理学や脳科学の最新成果も取り入れて「人間はなぜそう行動するのか」を論じたこの本は、その年の日経・経済図書文化賞を受けた。

 執筆にとりかかったのは3人目の子が生まれてから。子どもたちから「ママ、お仕事しすぎ!」としかられながら、大量の文献を読破して書き上げた。第一稿は「自分の考え」は入れないようにしていた。しかし、恩師の叱咤激励を受け、完成稿は様変わりしたのだという。(聞き手・構成/科学ジャーナリスト・高橋真理子)

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――「最後通牒ゲーム」と聞いても、ピンとこない人が多いかもしれません。これは経済学の一分野である「ゲーム理論」で出てくる有名なゲームで、私から簡単に説明します。AさんとBさんがいて、第三者から次のような提案をされます。「お二人に1000円差し上げます。それをどう分けるか、Aさんが決めてください。その分配をBさんが受け入れれば、その通りにお金をあげます。Bさんが嫌だといえば、1000円は返してもらいます」。このとき、Aさんが「Bさんに1円あげる」と言うと、理論的には1円でも0円よりはマシなのでBさんは受け入れるはずなのに、実験してみるとほとんどの人は拒否する。これが「謎」ですね。

 実際に実験すると、Aさんは見知らぬBさんに1円ポッキリではなく半分程度を分け与えることが多いんです。こういう利他的行動をとることは、ダーウィン以来の「謎」ともされていて、こうした全体を私は「最後通牒ゲームの謎」と呼んでいます。

 学生さんに、Bさんは1円でも受け入れるはずだと説明しても、どうにも納得がいかないという顔をします。この点は、教えている私自身、学生時代からずっとすっきりしない思いを抱いてきました。でも、それは私の勉強が足りないからだろうと思っていたんです。

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本音をいえばただ怖かった