――粘り勝ちですね!
この研究を進めているときに、植物の奥深さを知ることになりました。ABAは合成されるとすごい威力を持つんですが、実は植物はABAを合成するまでにもっと違うことをいろいろやっていて、ABA以外にも環境ストレスに耐えるパスウェー(道筋)を持っているということがわかったんです。
――なるほど。
これはすごく重要なことでした。そこで働く遺伝子もわかった。世界で最初でした。
こういう私の仕事を面白いと認めてくださる先生が理研の中にいらして、理研のパーマネント(任期がついていない、定年まで勤められる)ポジションに応募を勧めてくださいました。それで、応募してプレゼンまでしたんですけど、断られました。表向きの理由は「そのポジションには私のキャリアが合わない」ということでしたけど、本当の理由は夫婦で研究するのはダメだと、理研にはそういう不文律があるんだということでした。
■公募で試験を受けて得たポジション
――不文律、ですか。
私は、何より、パーマネントのポジションにつきたかった。
――それは当然ですよ。不文律なんて、フェアじゃないですね。
そのうち事情を知った先生が同情して、農水省の研究所を紹介してくださった。これは公募だったので、試験を受けて、ついにパーマネントのポジションにつくことができました。国際農林水産業研究センターというところの主任研究官です。つくば市にあるので、通うのにも問題ありません。
当時、所長でいらっしゃった貝沼圭二先生が、私の研究をサポートしてくださいました。これからは国際的な活動が重要だということで、センターの新しい建物を造ることになり、バイオテクノロジーの施設もつくり、最先端の機器を入れてくださった。貝沼先生のおかげで、私は研究所の若い研究者と一緒に思う存分研究ができました。
プライベートでは、農水の研究所に入った翌年に2人目が生まれました。
――ずいぶん間が空きましたね。
11年空きました。ニューヨークから帰ってきて、つくば近辺の借り上げ住宅に入ったらすごく狭くて、それでローンを組んでつくば市の中心部から少し離れたところに家を買ったんです。中心部は高くて無理でした。
長女はなんとか保育所に入れましたが、次の年には小学校です。その町には学童保育がなかったので、「つくってください」と役所に頼みにいったら「母親は子供の面倒を見るのが役割なのに」と言われて。