(C) KENJI SATO
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 普通、多くの廃墟は廃棄されたあとで誰かが入ってイタズラしたり、自然に侵食されていくんですが、ピラミデンに関していえばそういうことがほぼ起こっていない。まず場所柄、特殊な移動手段を使わないと普通にはいけない場所ですし、北極なので当然近くに街もない。またそもそも植物もほとんど生えていないような場所なので、植物に侵食されることもないんですね。だから比喩ではなく、本当に「冷凍保存された街」という表現がしっくりくるくらい、廃棄されたままの姿で眠っているような、不思議な光景でしたね。

――街の中の様子はどんな感じだったんでしょうか。

 旧ソ連の世界がそのまま残っていました。表紙にも使っているレーニン像に象徴されますが、合理化された住宅設計と無駄のない計画都市で、街全体がひとつのシステムのような感じです。そもそも人がいたとしても、どこか架空都市っぽい場所なのに、それが廃墟となっているので、まるでかつて映画撮影で作られたセットの街のような虚構感というか。

(C) KENJI SATO
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 面白かったのは、冷戦時代、ソ連本土では西側諸国の映画や音楽といった娯楽はほとんど禁止されていたのにも関わらず、ピラミデンでは割と寛容だったそうです。だからマンションの部屋などに入ると、大っぴらにビートルズとかシュワルツェネガーのポスターが貼ってあったりして。それは当時のソ連の典型的な暮らしとはだいぶ違っていた。現地でガイドに聞いた話では、そうした音楽とか映画はピラミデンを訪れる西側諸国の人々から入手していたものだそうです。

 一方で、ソ連当局としては、ピラミデンはそもそも冷戦時代にあって、西側諸国の領土にあるソ連にとっては例外的な「飛び地」だった。ある意味では冷戦の最前線でもあったわけで、ソ連にとってみれば西側諸国に社会主義都市の完成度を見せつけるためのショールームでもあったそうです。だからある程度は文化的にも自由さを許容することで、西側に全く遅れていないことを見せつける必要もあったのかもしれません。写真集の中では内部の写真も多数掲載しているので、そのあたりのディティールも見ていただけると面白いのではないかと思います。

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