ドラマ「エルピス」以降、街で声をかけられることも増えた。「おもしろくありたい」という願いは変わらない(撮影/門間新弥)
ドラマ「エルピス」以降、街で声をかけられることも増えた。「おもしろくありたい」という願いは変わらない(撮影/門間新弥)

 俳優、岡部たかし。ドラマ「エルピス」のセクハラ暴言プロデューサー・村井役で、岡部たかしの名前は一気に全国に広がった。岡部自身も売れることをあきらめていた矢先の大ブレーク。だが、その演技力は高く評価されていた。俳優仲間の岩谷健司は「あれは運命的なものだった」と言う。岡部が引っ張り上げられるまで、どんな道を歩んできたのだろうか。

【写真】ドラマ「リズム」の撮影風景

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「本番、よーい、スタート!」のかけ声でステージにライトがともる。星野源の「Week End」にのって、舞台上のダンサーたちがリズムを取り始める。10代、20代の若者に交じってただひとり、岡部(おかべ)たかし(51)が颯爽(さっそう)と踊り出す。

 ここは7月オンエアのフジテレビのドラマ「リズム」の収録現場。岡部が演じるのはあるきっかけでダンススクールに通い出したサラリーマン・尾木だ。今日はクライマックスのダンス大会シーンの撮影で、岡部は2時間前から真剣な表情で、ヒップホップダンスを踊り続けている。

 曲はほぼフルコーラスで4分弱。岡部の動きは存外にキレがよくコミカルな味わいもある。が、一糸乱れず完璧な……というわけにはいかない。すでに15回以上同じダンスを繰り返し、息も上がっている。ソロパートで一瞬、出が遅れたのか、「あっ!」と口が動く。でもカメラは止まらない。岡部も止まらない。もういってしまえ!──舞台上が熱くなる。「カット!」の声がかかったとたん、岡部は若者たちと大の字になって床に倒れ込んだ。玉のような額の汗と笑顔に、客席のエキストラから大きな拍手が起こる。

 以前、「演技には、よう苦しんでましたけどね、俳優をやめようと思ったことはないんですよね」と、岡部は言っていた。ああ、これはやめられないな──。俳優という仕事の魔力を見た気がした。

 岡部たかしの顔と名は昨年のドラマ「エルピス─希望、あるいは災い─」で一躍、全国区になった。第1話の開始1分で、長澤まさみ演じる女子アナ・恵那に「更年期」「ババア」とセクハラ暴言を浴びせるプロデューサー・村井役。ひょろりとした体から出る軽いノリと、凄みある恫喝(どうかつ)を行き来するキャラクターが世間の度肝を抜き、さらにその後の展開で、人々の懐にグイと入り込んだ。

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 演出を務めた大根仁(54)は村井役に「(世間一般に)顔は知られているけど、名前はそこまで知られていない」俳優を想定していたという。岡部とは20年来の付き合いがあり、演技に絶大な信頼を置いていた。

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