海外経験を劇的に増やそうと思ったら国の予算を充てるという発想もあるが、「頭脳流出」を懸念する声は必ず出る。しかし、頭脳流出は頭脳「循環」の第一歩であり、さまざまな人脈を作り、外の感覚を身につけたほうが日本のためにもなる。実際に本書の著者たちはスタンフォードの経験に刺激され、もう日本には戻らずに日本人をもやめてしまうという発想ではなかった。
「もっと海外へ」という構想を持ち出すと、機会の平等を重んじる日本の議論で頻繁に出る反論は「経済事情で海外に行けない人もいるので、そんな議論は格差を広めるだけだ」というものである。しかし、社会全体をより良い方向に向けて触媒となる人々(VC、医療、アントレプレナー、大企業内の変革者、教育改革者など)と、触媒になりうるポテンシャルがある人たちのモチベーション、影響力、そしてネットワークが、国内の格差を埋める第一歩であるという思考フレームもある。留学をサポートする奨学金も増えている。
■次の世代のチェンジメーカーへ
本書『未来を創造するスタンフォードのマインドセット』の各章で掲載したスタンフォード経験者はチェンジメーカー(先駆者)でもあり、触媒でもある。スタンフォードは教育に本気であり、高校生から社会人まで幅広く教育を行っている。本書の著者たちは次のチェンジメーカーを育てることにも熱心であり、ライフワークにしている方もいる。
スタンフォードで得た経験は著者たち自らを伸ばし、まわりも伸ばし、次はより広く社会に良いインパクトを本気で、そして具体的な解像度で与えようというモチベーションになった。しかもそれを実現させられるような「できるよ感」を与えてくれた。
本書で紹介されたさまざまな例と、本書を締めくくる本章が少しでも読者にとって具体的な次のアクションを取るきっかけになれば本望この上ない。
櫛田健児
カーネギー国際平和財団シニアフェロー。シリコンバレーと日本を結ぶJapan-Silicon Valley Innovation Initiative@Carnegieプロジェクトリーダー。キヤノングローバル戦略研究所インターナショナルリサーチフェロー。東京財団政策研究所主席研究員。スタンフォード大学非常勤講師(2022年春学期、2023年冬学期)。1978年生まれ、日本育ち。スタンフォード大学で経済学、東アジア研究それぞれの学士号、東アジア研究の修士号修了。カリフォルニア大学バークレー校政治学博士号修了。スタンフォード大学アジア太平洋研究所でポスドク修了、リサーチアソシエイト、リサーチスカラーを務めた。2022年1月から現職。主な研究と活動のテーマは、(1)Global Japan, Innovative Japan、(2)シリコンバレーのエコシステムとイノベーション、(3)日本企業のシリコンバレー活用、グローバル活躍、DX、(4)日本の政治経済システムの変貌やスタートアップエコシスムの発展、(5)アメリカの政治社会的分断の日本への紹介など。学術論文、一般向け書籍やメディア記事、書籍を多数出版。