■叔父に頼まれたブランド構築で父の会社を継承

 高級ブランドの外資系企業にいた2009年、父の弟でエステー社長だった鈴木喬氏(現会長)に「デザイン革命を手伝ってくれないか。コンサルタントになってほしい」と誘われる。4月に1年間の契約を結んだ。だが、「外様」の参入に壁は厚い。例えば販促担当マネジャーと話したくても、「忙しい」の一点張りで会ってくれない。みかねた叔父が相手に面談を促してくれて、ようやくデザイン革命のチームが動き出す。

 芳香消臭剤などエステーの商品の購入者は、8割が女性だ。小さくて洒落たデザインの商品を好む女性も、多い。大きくて安い徳用品にも需要はあるが、容器の色も形も目立ち過ぎで、手を伸ばしにくい女性もいるはずだ。そうチームに説いたが、みんな、長く続けてきた路線はなかなか手放せない。

 でも、諦めない。『源流』が背中を押す。舵を切り直し、二つの働きかけを始めた。まず、名の通ったデザイナーに見本をつくってもらい、チームの面々にみせながらデザインの狙いを説いてもらう。自分は言いたいことがあっても、黙って議論を聞く。もう一つは、チームの士気を高めるため、発言に「変化球」も混ぜた。何かいい点があれば、本人が驚くほど褒めた。

 このころ、叔父に「社内に入ってみたらどうだ」と誘われ、翌10年1月に入社。「社外」の人間に立ちはだかる壁を「身内」になって突き破る決意だった。4カ月後、化学反応が始まり、デザインが納得できる新商品が生まれた。いきなり爆発的に売れることはなかったが、その延長で高付加価値を考えた製品も成功する。

 13年4月、社長に就任した。叔父に打診されたとき、いったん断ったが、相手は聞く耳をもたない。当時は業績が停滞し、利益が落ちていた。「他の人がやってうまくいかなかったら、取り返しがつかないほど後悔するな」と思い直し、1週間で受けると答える。貴子流で言えば「自分が上向きにしてみせる。これは、やりたいことにぴったりだ」と思ったからだ。

 在任10年、この6月20日に会長になる。社長になったとき、メディアに「どんな社長を目指しますか」と聞かれたが、「そんなの、やってみないと分からない」と答えた。今度も同じ。でも、本当にやりたいことを、やりたいようにやる。その貴子流は、別の道で続く。(ジャーナリスト・街風隆雄)

AERA 2023年6月5日号