舞台は北海道の架空の町・道南市。地元の鵡川原発から落ちる巨額の金で潤う市だ。11年12月、市長選に立候補すると表明した人物がいた。原発の廃炉を公約に掲げて!
馳星周『雪炎』はそんな設定ではじまる異色のエンターテインメント小説だ。市長選に立つといいだしたのは札幌で弁護士をしている小島大介。中学時代の同級生のよしみで選挙の手伝いを頼まれた語り手の「わたし」こと和泉伸は一笑に付す。
〈3・11が起こったからって、この町はなにも変わらん〉。〈札幌みたいな都会にいる弁護士先生にはわからんかもしれないが、原発が停まって以来、道南市はゆっくりゆっくり死につつあるんだ。(略)原発がなきゃ、この町は成り立たない。三十年かけて、そういう町になったんだ〉
ところが小島は意外な案を出す。サハリンから稚内、苫小牧まで天然ガスのパイプラインを通し、火力発電所を誘致するのだと。
利権に群がる人々の思惑。選挙戦の裏で仕掛けられる有形無形の嫌がらせ。やがてスタッフのひとりで、やはり中学の同級生だった女性が遺体で発見されるにいたり、道警の元公安警察官である和泉は、選挙戦の手伝いと犯人捜しの二股をかけ、物語は思わぬ方向に転がっていく。
若杉冽『原発ホワイトアウト』が原子力ムラの一端を担う中央官庁の物語なら、こちらはその地方版? さほどの意外性はないものの、原発立地自治体の裏事情を壊すのは容易じゃないと思い知らされる。〈おれたちの母国は、悲しいかなろくでなしの国だ〉とフィリップ・マーロウ気取りでうそぶく和泉。
後半、彼が小島の選挙を手伝う気になった理由を明かすくだりが泣かせます。〈故郷に沈鬱な影を落とし続けてきた原発に、結局のところ、わたしの人生観、世界観も影響されているのだ〉。だから〈原発の牙城に風穴をあけてやりたいのだ〉。
女性の描き方には不満もあるけど、まあ都会の「脱原発派」はここから考え直さないとダメですね。
※週刊朝日 2015年2月27日号