しかも本書でのメッセージである「外に身を置いて大きな刺激を受ける」というものは、あえていうと、スタンフォードではなくてもよいということも伝えたい。もちろん、スタンフォードは大学とシリコンバレー・エコシステムの両方の循環があるので刺激も転換点になるポテンシャルも高いが、今の日本でいろいろなところで感じる閉塞感を見ると、スタンフォードではなくても、一刻も早くもっと多くの人に外の世界を感じてほしいと切実に思う。
■オンラインの世界における物理的プレゼンスの重要性
現在も著者が非常勤講師として授業を一本教えさせてもらっているスタンフォードが2022年1月から対面の授業を再開して改めてわかったことだが、コロナでもっとも機会損失となっていたのは多様な人々とのディープな触れ合いだった。
オンラインミーティング越しにはなかなか伝わらない熱量がある。多くの人が入り乱れて会話できる場から生まれる発見や印象的な一言が驚くほど大きなモチベーションとなることもある。本書にもそういった経験が結構見受けられる。コロナ禍でフルリモートになった状態でも少人数のセミナーを教えたが、その2年間でさまざまなZoom越しのディスカッションを促すノウハウなども教員として身についた。
しかし、学生同士の横の会話も限られ、議題以外の会話はなかなか生まれる余地がなかった。しかし、対面に戻ると授業がはじまる前の教室内では東京オリンピックに参加した学部生と日本の外交官、韓国の外交官と米国陸軍のエリート・レンジャーの会話などが自然に起こり、それぞれの異なる世界観が交わる会話が発生した。オンライン越しでいろいろ工夫しても起こらない化学反応が見受けられたのだ。
時代はなんでもフルリモートに向かっているのではなく、スタンフォードや各トップ大学が行ったようにいち早く対面の接触を可能にし(最初は学生には週2回のコロナ検査などが義務づけられた)、オンラインで行えることの長所を引き出しながらも、対面を大切にするからこそ伝わるものをフルに活用する方向となっている。