「週刊朝日」は、週刊誌で初めて本格的な書評欄をつくったといわれる。1951(昭和26)年に始まり、いまなお同一のコーナー名で続いている『週刊図書館』である。
一流の書き手が無署名で筆を競っていた『週刊図書館』は、書評をただの「本の紹介」にはとどめない、という気概に満ちたコーナーだった。
生みの親であるジャーナリスト・浦松佐美太郎いわく──。
<読者には「週刊図書館」を、文化に関する報道であり、論説であるというつもりで読んでいただきたい>
ならば、受け手のほうはどうか。
『週刊図書館』を起ち上げた編集長・扇谷正造によると、<取り上げられると再版確実、誉めてあれば三版確実>──それは『週刊図書館』の影響力の強さと同時に、書評を読んで「面白そうだ、自分でも読んでみよう」となる読者がいかに多かったかの証でもある。
『読者パロディ』を大成功させたのは、いわば『週刊図書館』に鍛えられた読者だったのだ。
■老若男女が読む茶の間の図書館
そして1986(昭和61)年、読者の知的好奇心をさらに刺激する連載『日本語相談』が、丸谷才一の肝煎りで始まった。
丸谷、井上の両氏に国語学者・大野晋と詩人・大岡信を加えた回答陣に、読者は日本語にまつわる身近な難問を次から次へとぶつけていく。
たとえば、「『生きざま』という言葉は使うべきではない?」「『より』と『から』はどちらが正しい?」「句読点の打ち方に決まりは?」……。
日本語の達人たちは、限られた分量の中で軽やかに、鮮やかに、わかりやすく答えてくれるのだが、快刀乱麻の回答(ダジャレはパロディの中でもレベルが低いそうです)は、もちろん、優れた質問があってこそ。
<編集者と読者と筆者が形づくる共同体>──その理想型の一つが、『日本語相談』だったのではないか。
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そもそも「週刊朝日」は創刊当初から、読者の存在を強く意識していた。
前回もご紹介した創刊編集長によると、「週刊朝日」が目指していたのは、読者に「いま」を伝えることに加えて──。