政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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6月22日、米国のバイデン大統領は、インドのモディ首相を国賓としてワシントンに招き、軍事や経済面の連携を打ち出しました。
そもそも、インドという国は、国際的なパワーポリティクスの中でどう位置付けられているのでしょう。見方によっては、非同盟中立という立場で結果的にいちばん美味しいところを取ろうとする最も狡猾な外交の国とも言えます。
1955年に開催されたアジア・アフリカ会議以来、インドは非同盟中立が大きな旗印でした。しかし、いつの間にかインドは核保有国になりました。また、インドと中国にはカシミール問題があり、両国には絶えず潜在的な脅威が存在しているにもかかわらず、BRICSという同じグループに入っています。
いまや米国から秋波を送られ、BRICSではしっかりとロシアと中国に繋がっている、それがインドなのです。インドは鵺(ぬえ)的で訳がわからない──果たしてそうなのでしょうか。今の多極化された世界こそが訳がわからない世界になっているのですから、インドのような鵺的外交が必要なのではないでしょうか。
安全保障を米国に頼っている日本は、インドのようなスタンスは取れないという、あいも変わらない反応がありそうです。しかし国の安危をひとつの大国だけにお預けするやり方で、世界の多極化に適応できるでしょうか。来年の大統領選の結果次第では、米国が膨大な国防予算を削減し、本土防衛に専念する軍事戦略へと方向転換というシナリオも想定されるはずです。それに備えて多極的な外交のネットワークの展開という、インド型のしたたかな国家戦略があれば、すぐさま軍事力の強化に縋(すが)らなくても、日本の安全保障を総合力で補完できる余地があるはずです。また、そうしたインド型の柔軟性のある安全保障政策を踏まえれば、沖縄などの基地負担も軽減できるはずです。
政治の主流が世襲になり、「世襲政治家」が一国の指導者であり続ければ、「現状維持」が自己目的化しても不思議ではありません。「変わらない日本、変わろうとしない日本」。果たしてそれで多極化する世界に相応しい安全保障の舵取りは安泰と言えるでしょうか。
◎姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍
※AERA 2023年7月10日号