■『死者たちの群がる風景』(入沢康夫 河出書房新社)

選者:文芸評論家・陣野俊史

 自分では詩を書かないし、特に最新の動向に詳しいわけでもない。だが、大学の卒論も、大学院の修士論文も、私は詩にかかわる文章を書いてきた。それもこれもこの詩人の、この詩集を読んだからだ。入沢康夫『死者たちの群がる風景』を、人生の節目で、私は繰り返し読んできた。出雲という故郷。死者たちの言葉。それらが交錯するところにこの詩集はある。詩と死のまじわるところに生まれる抒情が素晴らしい。老境に差しかかった今こそ、再読したいと思う。

■『妖説太閤記』(山田風太郎 角川文庫ほか)

選者:文芸評論家・末國善己

 豊臣秀吉の有名な出世譚を独自の視点で読み替えた本書は、先駆性と普遍性に満ちている。秀吉は貧しく貧相で女性にモテない若者として登場するが、これは弱者男子に近い。憧れの姫を手に入れるため、出世した秀吉は暴君になり、搾取された民衆は秀吉の死を喜ぶ。それを見た徳川家康は、民衆は自分たちを蹂躙(じゅうりん)した人間を崇めるから、いずれ秀吉は英雄になると分析する。これは生活が苦しいのに負担を強いる政権が支持されている現状を思えば、鋭い日本人論で今後も古びないだろう。

週刊朝日  2023年6月2日号より抜粋