■『愛について』(大岡昇平 講談社文芸文庫)

選者:作家・コラムニスト・亀和田武

 端正な容貌の作者が紡ぎだす、明晰な文章。そんな《顔文(がんぶん)一致》の代表が大岡昇平だろう。戦争と恋愛を描いた大岡は、『武蔵野夫人』で美しい人妻の心理に加え、武蔵野台地の国分寺と小金井の間に位置する「はけ」の地形を詳細に描いた。その約20年後の今作では、武蔵野を見下ろす富士山麓の自然と景観がブラタモリ的なほど執拗に描写され、1969年の風俗を背景に何組もの不幸な恋愛と、主人公の駄目オトコの心理がクールに炙りだされ、下を向いてしか歩かない私は陶然となる。

■『虫類図譜 [全]』(辻まこと ちくま文庫)

選者:ライター・栗下直也

 60項目にわたる人間の生態や文化、世相を虫に例え、皮肉る。

 例えば「愛国心」を「悪質きわまる虫。文化水準の低い国ほどこの虫の罹患者が多い」と書き、「防衛」は「この甲虫は恐怖からわいた。自己不信の対象転置が、この不潔な生物の発生原因」と説く。薄っぺらな現代文明をユーモラスに語る所作は、刊行から半世紀以上経った今でも古さを感じさせない。同時に人間はどこまでも学ばない生き物であると教えてくれる。

週刊朝日  2023年6月2日号より抜粋

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