作家・長薗安浩さんの「ベスト・レコメンド」。今回は、『ユーチューバー』(村上龍 幻冬舎、1760円・税込み)を取り上げる。
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村上龍の新作『ユーチューバー』は連作短篇集となっている。
4篇の小説(「ユーチューバー」「ホテル・サブスクリプション」「ディスカバリー」「ユーチューブ」)の主な登場人物は3人。作者を彷彿とさせる1952年生まれの有名作家、矢崎健介。彼の愛人らしい50代の女。「世界一もてない男」と自称する、矢崎に憧れている37歳のユーチューバー。どの作品もこのうちの誰かの視点を通して描かれ、それぞれが連関しながらある感慨を読者に抱かせる。
それは、時間だ。正確には、時間と対峙している作者の心象に引き寄せられるのだ。矢崎の女性遍歴が語られる表題作では、彼女たちとの関係がどう彼に影響を及ぼしたか、露悪的なほど言葉にしつつ創作の動機も明らかにする。「ディスカバリー」では死者の写真が与える感情の変化に言及。「ユーチューブ」になると、年老いたマーロン・ブランドの映像を見た後、矢崎の脳裡に<すでに流れた時間>が映る。時間はデビューしたときから流れ、今も流れている。
<マーロン・ブランドの時間は止まってしまった。わたしの時間も止まるときが来る>
76年に『限りなく透明に近いブルー』で芥川賞を受賞した24歳の村上龍も、コロナ禍に古稀を迎えた。前作『MISSING 失われているもの』では自身の無意識を探るようになり、今作では自身の人生の時間と向きあった。村上らしくそこに湿っぽさはないものの、彼の作品をすべてリアルタイムで読んできた私は、やや感傷的になってしまった。
村上の時間が流れている間に、谷崎作品を超える醜悪で好色な老人が息巻く小説を書いてほしい、と私は願っている。
※週刊朝日 2023年5月19日号