
初めてヨーロッパのフリー/インプロヴァイズド・ミュージックをとりあげる。同派の来日がなかったわけではない。熱心な関係者の招聘で年に数組は来日していた。とはいえ大手が録音に熱心なはずもなく、超マイナーや自主制作に傾いたから復刻も期待できず、聴く機会はなきに等しい。入手が絶望的だから、筆者も聴けないか聴けて感銘を受けても見送ってきた。そんななか、無類に楽しく入手可能な本作を紹介できるのはありがたい。
ICP(Instant Composers Pool)は本作でも中心人物であるオランダのミシャ・メンゲルベルク(ピアノ)とハン・ベニンク(ドラムス)が1967年に設立した自主組織で「ICPオーケストラ」もそこから派生した。2014年7月に逝去された副島輝人氏の『現代ジャズの潮流』(1994年/丸善ブックス)に「スピード感のあるフリージャズながら、時にはユーモラスでドラマチックだったり、少しばかり民謡っぽいメロディを取り入れたり、変わった楽器とその対位的奏法がごった煮のようで、玩具箱をひっくり返したようなアムステルダム・サウンド、と呼ばれた」とある。初来日は設立から15年後の1982年5月、近藤等則氏(トランペット)の招聘だ。アメリカの正統派ならとっくに来日していたか解散していただろう。そのあとも2006年、2008年、2014年に来日を果たし、初来日を知る世代にも知らない世代にも大きなインパクトを与えている。
推薦盤は1982年5月4日から17日にかけてのツアー中に大阪と東京で録られた。この年、LPに《キャラヴァン》を収めた7インチ・シングルを付けて発売されている。なんとIMAにICPにDIW、三者の規格番号が併記されているが、権利を主張しあう不快さはなく微笑ましい。2002年のCD化に際して先の《キャラヴァン》と未発表曲《ブロッツィマン》が追加された。ではアムステルダム・サウンドを見ていくとしよう。
《サリュート・トゥ・フジサワ・シュウコウ》は囲碁棋士の藤沢秀行名誉棋聖に捧げた作品だろう。ミシャとベニンクの丁々発止は盤上での死闘を活写したものに思えてくる。わき上がる笑い声のわけが知れず歯痒い。フリーは現場か映像で観るに限ると痛感する。
ここから5部構成の組曲《クヴェラ》が続く。〈ハップ〉はテナーとドラムスが先行、テナーのフラジオが一しきり、マーチ風アンサンブルを経て、テナーの汽笛!が延々と。〈ボードシャッペン〉は感傷的なヴィオラ、ドシャメシャの阿鼻叫喚、フォー・ビートでスイングするピアノ、トロンボーンとチューバの唸りあい、呻き声も交じるジャングル・サウンドと、先読みを許さない目まぐるしい展開で圧倒する。1曲目から時折り声がする幼児は観客のお子さんか。ここでも「パパ!」の声や駆けまわる音が。〈ヴェルコム〉はブンチャカ・ビートにのったブラス・アンサンブルで始まり、アルトが祝祭の歌を奏し、チューバが地底を這いまわり、そのまま〈ブリーフカールト〉に滑り込む。しばしあってクラリネットとピアノの熾烈な果たし合いに進む。青白い火花の散るシュールな小品だ。終曲〈モーリッツ〉は親しみ易いメロディと快活なテンポで祝祭気分を盛り上げて結ぶ。
《ハバネラ》は不穏なブラス隊が支えるなか、リード隊とヴィオラがメランコリックな美メロディを奏し、凶暴テナー、激情テナー、しなやかに調子を外したヴィオラが続く。
《カルナヴァル》は複数ヴォイスの犬の吠えあいで開け、パレードに合いの手で吠え、長い吠えあいを挿んで、再びパレードに合いの手で吠える抱腹絶倒のパフォーマンスだ。
《ヤーパン・ヤーポン》はピアノと、ドシャメシャの集団即興によるイントロのあと、昭和歌謡そのもののテーマ・アンサンブルに。「空はいつも青く、海もいつも青いよ」の捩れた歌唱が実に可笑しい。再びドシャメシャの集団即興のあと、ブラス隊の乱暴狼藉、テーマ・アンサンブル、昔の名手を彷彿させて微笑ましいアルト、クラリネットが続く。
《ジング・ザング・ザターダク》はピアノがグギャングギャン、ドラムスがドカシャンドカシャンと渡り合ったあと、華やいだ気分の三拍子のテーマを即興も交えて繰り返す。
《ブロッツィマン》はハードバップ調。ブロッツマンはまともに? テーマを奏するのも束の間、蹂躙に転ずる。ピアノ、苦悶式アルト、地底王チューバ、アンサンブルと続く。
《キャラヴァン》はドラムスとヴィオラが先発、ブラス隊が加わりリズムを補強する。ヴィオラとクラリネットがテーマをリード(サビはブラス隊)し、トロンボーン、クラリネット、ピアノ、バリトンがソロをまわす。仄暗く妖しいムードを醸成して遺憾がない。
この衝撃/笑激のパフォーマンスをキチンと伝えられたか心許ないが、全編ドシャメシャの阿鼻叫喚や陰々滅々といったフリーへのイメージを覆す矢鱈に楽しいパフォーマンスで、もとより音楽的に高度で優れたものであることは保証する。これほど尖鋭的でありながらプリミティヴな感興に満ち誰もが心から楽しめるパフォーマンスはそうそうないはずだ。8日現在、リンク先の在庫は2点だった。ご注文はお早めに。買い逃すと泣きを見るよ。[次回1月26日(月)更新予定]
『Japan Japon』Misha Mengelberg & ICP Orchestra (Jp-DIW)
【収録曲】
1. Salute To Fujisawa Shukoh 2. Kwela: Hap 3. Kwela: Boodschappen 4. Kwela: Welkom 5. Kwela: Briefkaart 6. Kwela: Maurtis 7. Habanera 8. Carnaval 9. Japan Japon 10. Zing Zang Zaterdag 11. Brozziman (bonus track) 12. Caravan (bonus track)
Recorded in Osaka on May 11, and in Tokyo on May 17, 1982.
Misha Mengelberg (p, voice), Han Bennink (ds, etc.), Peter Brotzmann (ts, as, bs, voice), Keshavan Maslak (ts, as, voice), Michael Moore (as, cl), Walter Wierbos, Joep Maassen (tb), Larry Fishkind (tu), Maurice Horsthuis (vla), Toshinori Kondo (tp, voice).
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