「主人公は本当にひどい男で、現代女性からみれば許せないでしょう。残念ながら日本の近代文学はエリート男子の苦悩や、男性特有の露悪趣味から出発したのです。遅れること5年、樋口一葉が『たけくらべ』で思春期の自我の芽生えを描いた。彼女がもう少し長く生きていたら、近代文学におけるジェンダー視点はまた違ったものになったかもしれない」

『坊っちゃん』が読みやすいのは、漱石が落語好きだったから。三島由紀夫が海外で評価される理由──などなど「へえ!」の驚きも満載だ。

 しかし近代の言葉が成就した瞬間、政府は言葉を恐れるようになる。戦前の文士たちの去就を現在の日本に照らすと、ぞくりとさせられる。

「堀辰雄や谷崎潤一郎、太宰治の作品のなかでも戦時中に書かれたものには『今書けることを書く』という意志と覚悟を感じます。いまこの時代にも一人一人ができる範囲で、言うべきことを言っていくことが大事だと思っています」

 平田さんが近代文学に目覚めたのは16歳で自転車世界一周旅行に出たときだ。父が海外の旅先にさまざまな文学作品を送ってくれたという。

「最近の若者も決して読書量が少ないわけではないのですが、古典に触れる機会はなかなかない。この本が入門書になればいいなと思います。入り口は北杜夫の『楡家の人びと』がおすすめですね」

(フリーランス記者・中村千晶)

AERA 2023年3月20日号