ライター・永江朗さんの「ベスト・レコメンド」。今回は、『日本語の発音はどう変わってきたか』(釘貫亨、中公新書 924円・税込み)を取り上げる。
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なんと、奈良時代の母は「パパ」だった! なぜなら、当時、ハ行「はひふへほ」の発音は「パピプペポ」だったから。
釘貫亨『日本語の発音はどう変わってきたか』は、奈良時代から江戸時代のなかごろまでの約千年間、日本人はどのように話してきたかをたどる。
ハ行を例にすると、奈良時代は「パピプペポ」。それが平安時代には「ファフィフフェフォ」になり、18世紀前半ごろに「ハヒフヘホ」に。まさに言葉は生き物だ。常に変化を続ける。
だが、本書の読みどころは、昔の発音をどうやって調べるのかという、その方法についてだと思う。大昔にレコーダーなんてないし、本に発音記号がついているわけでもない。どうして分かるのか。
分かるのである。たとえば奈良時代の発音は万葉仮名を資料にする。あの、漢字を音読みにして日本語に当てはめたやつだ。たとえば「ほととぎす」を「保等登藝須」なんて。万葉仮名は飛鳥・奈良時代ころの中国隋唐音(中古音)の影響下にある。ラッキーなことに、中国では隋唐音の復元(専門的には「再建」というそうだ)に力を注いできた伝統がある。さらに20世紀になって西洋の比較言語学と音声学が入ってきた。その結果、「ハヒフヘホ」は「パピプペポ」、「サシスセソ」は「ツァツィツツェツォ」だったと判明。しかも母音は5個ではなく8個もあったという。
うんと時代が下って室町時代になると、来日したポルトガル人宣教師が日本語をローマ字で記録し、辞書をつくった(キリシタン資料)。こうしたさまざまな資料を駆使して、昔の発音を再現し、その変化をたどることができる。まさに驚きだ。
※週刊朝日 2023年3月24日号