
2012年刊行の自著『ウェイジング・ヘヴィ・ピース』に興味深い一節があった。前年、主にiPadを使って、日記かブログのようにさまざまな想いやエピソードを綴っていったものだが、その導入部でニール・ヤングは、少し前にアルコールとマリファナを完全に断ったと書いているのだ。その結果としてニールは、バッファロー・スプリングフィールド以来はじめて、まったくの素面で曲を書くことになった。何年かぶりでクレイジー・ホースの面々にも声をかけているのだが、意味のある曲を書いて、きっちりとアルバムをつくり上げることができるだろうか?
結局、それは要らぬ心配だった。出版後あまり時間をおかずに、彼らは『サイケデリック・ピル』という充実したアルバムを届けてくれることになるわけだが、その大きな転換期にあたっての、準備体操かエクササイズのようなものとして録音し、12年初夏に発表していたのが、『アメリカーナ』だった。ニール自身の状況を反映してか、ここでは、言葉本来の意味でのアメリカン・フォーク・ソング11曲が取り上げられている。
いや、準備体操かエクササイズなどといっては失礼だろう。あえて自作曲は収めず、歴史的な名曲たちと向きあうことによってニールは、『アメリカーナ』をタイトルが示すイメージそのままの作品に仕上げている。アメリカの歴史や文化遺産にきっちりとコミットしながら、彼の音楽的原点や、それまでに残してきた幾多の名曲とのつながりといったことも、かなり明確な形で示しているのだ。そういった意図もあってのことなのだろう、ニールの作品としては珍しく、ブックレットで各曲の原典や歴史的背景、彼らが参考にした版などを詳しく紹介している。
《オー・スザンナ》や《クレメンタイン》など多くの人たちが幼稚園のころから親しんできた曲は、まるで『本当は怖いグリム童話』のように、ダークな面を強調している。《トム・ドゥーリー》や《ギャロウズ・ポウル》といったいわゆるマーダー・バラッドでは、ユーモアすら感じさせる筆致で、死にゆく人の表情を描いている。《ディス・ランド・イズ・ユア・ランド》や《ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン》は、しっかりと2010年代の世界を視界に収めた曲に仕上げられている。
そう、『アメリカーナ』は、準備体操でもエクササイズでもない。もちろん、ファン・プロジェクトでもない。このアルバムに取り組みながら、あるいは並行して、彼らは2枚組の大作『サイケデリック・ピル』に向かっていったのだ。[次回4/9(水)更新予定]