鶯谷駅。JR山手線で最も乗降客が少ない駅であることは意外に知られていない。実際、改札を出た北口広場の光景からはその事実は信じがたい。
昼間から多くの男たちが携帯電話を片手に立ち、しばらくすると彼らの元には、二十代から四十代の女性が駆け寄る。冬でも胸元をあらわにした女性から銀座のホステス風まで。国籍もさまざまだ。陰鬱とした印象を持つ鶯谷は今や若者も通う風俗産業の最先端スポットであるという。
本書では著者が鶯谷で働く風俗嬢や客との会話を通じて、裏側から日本の今を照射する。興味深いのは、後半部分で鶯谷の地形や歴史を考察することが結果的に前半の風俗業界の考察に奥行きを与えている点だ。ホテル街と駅を挟んだ反対側には墓地や徳川家の菩提寺であった寛永寺が並ぶ。正岡子規の終の棲家や夏目漱石などの文豪が通った料理屋が今でも残る。本来は交わらない俗と聖が交差し、生と死が隣り合わせる鶯谷の不思議な魅力を著者は描き出す。ふらりと鶯谷に散歩に出かけたくなった。
※週刊朝日 2014年3月21日号