――日芸の写真学科出身だそうですね。
高校に入ってすぐくらいに写真を撮り始めたのがきっかけで、もう少し勉強してみたくて写真学科に進学しました。大学時代に使っていたのは、祖父の形見のマミヤC220プロフェッショナルと、入学のときに両親に買ってもらったコンタックスRX。「カシャッ」というシャープな音がすごく気に入ったので、これにしました。機動力がほしいときとか、たくさん撮るときはコンタックス、静物をじっくり撮るときは三脚を立ててマミヤって感じでしたね。マミヤC220は全部マニュアルなんで、一つひとつ手探りでやっていくのがむずかしくもあり、魅力でもあったなーと思います。フィルム入れるのも現像するのもすごく大変でした。二眼なので見えてるのと映るのとがずれてて、うまく撮れたと思っても失敗してたり……なんか懐かしいですね(笑)。周りの友だちはめずらしがってました。軽くてかわいいローライを持ってる人はけっこういて、そっちのほうが使いやすいかなと思ったこともあるんですけど、せっかくなのでマミヤC220を使っていました。
デジタルはちょうどフィルムとの過渡期で、2、3年生のころに100万画素くらいのデジカメが出て、現場でテスト撮影のポラロイド代わりみたいに使ってました。本番はフィルムで撮るって感じでしたね。
――写真を撮り始めたきっかけは?
恥ずかしながら、いちばん初めに好きになった写真家がロバート・メイプルソープなんです(笑)。高校生のとき、たぶん母に誘われて写真展に行ったんだと思うんですけど、そんなに写真に興味がなかったのに、「ああー、すごいな!」って衝撃を受けて。メイプルソープはそれまで花の作品しか見たことがなくて、写真展に行ったら……衝撃的な(笑)。非日常的な体験でした。見るのにすごい集中力を強要されるような緊張感がありました。それまで記念撮影的だった写真のイメージが変わってあこがれたっていうのが、まあミーハーですけど写真を始めたきっかけです。
――写真学科では、メイプルソープ的な写真を?
そういうのも試してはみたんですけど。うーん、あんまりむいてなかったみたいで、もう少しソフトでした(笑)。花をロウソクの明かりで長時間露光で撮ったり、すごく凝ったときもありましたよ。2~3分絞りを開けっぱなしにして撮ると、被写体は動かないのに光が揺れてるから輪郭や影がボケる。非日常的で面白い感じになるんです。でも、このころはちょっと構えすぎてましたね。
大学時代は写真を「勉強する」という感じで、ちゃんとコンセプトを考えて「作品でなければならない」みたいなプレッシャーを抱くようになってしまって、卒業してからもしばらくは気楽に撮ることができなくなっていたんです。わりと考えちゃうタイプなので、考えすぎて撮れない、みたいなところにはまっていました。
――それから格闘技を始めたんですね。
そうですね。単純に強くなりたいというか、余計なものを捨てて研ぎすませたいというのがありました。いま思えばですけど、私は体を使って表現するとか力を試すとか、そういうことをそれまであまりしてこなかったんです。そこに引け目があって、それを補おうとしていたんだと思います。
――補いたかったのは「体で撮る」感覚?
そうかもしれないです! 格闘技をやってみて、自分の体はやっぱり意のままにはできないけど、限界を知ったり、可能性を知ったりしていくなかで、「体が戻ってきた」という感じです。頭先行になっていたので、きっとそれを取り返したくて格闘技という極端な方向にいったんでしょうね。
写真を撮ることも格闘技をすることも、体の感受性ってたぶん同じことかもしれない。写真で足りなかった身体性を格闘技で補完したかったんだな、と今はそういうふうに自分の中でつながりました。写真を撮る楽しさも戻りつつあります。こだわりがなくなったのかもしれませんね。
※このインタビューは「アサヒカメラ 2011年2月号」に掲載されたものです