実験的でありながらもポップなザ・マグネティック・フィールズの本質を伝える『50ソング・メモワール』(Album Review)
実験的でありながらもポップなザ・マグネティック・フィールズの本質を伝える『50ソング・メモワール』(Album Review)

 米国きっての個性派シンガーソングライター=ステファン・メリット擁するザ・マグネティック・フィールズ。約5年ぶりとなるアルバム『50ソング・メモワール』の日本盤がリリースされた。タイトルどおりに全50曲、CDは5枚組というボリュームの作品だ。ただし、これまでのザ・マグネティック・フィールズを知っている方なら、このボリュームにもさほど驚きはしないだろう。というのも、彼らは1999年に『69 Love Songs』(その名の通り69ものラブソングを収録)を発表し、これがインディー/オルタナティヴ・ミュージック・ファンを中心に親しまれてきた経緯があるからだ。

関連ビジュアル

 21世紀に入ってからのステファン・メリットはバンドとソロでそれぞれに、皮肉交じりのドリーミーなチェンバー・ポップを生み続けてきたわけだが、今回は現在52歳の彼が、この世に生まれてから50の記憶をそれぞれ楽曲に落とし込む、というコンセプトになっている。オープニングの「66年:僕はどこから?」には当時1歳の彼の思いが込められ、楽曲ごとに1年が経過してゆくという構成だ。ちなみに、このオープニング曲で仄めかされている、当時セント・トーマス島へと移り住みステファンを授かった父親とは、2010年代になるまで会うことがなかったという。この父親こそが、サイケ・フォーク界のカルト・スター、スコット・ファガンである。

 ミュージカル映画の名ヒロインでありながら、ドラッグ/サイケデリアの時代を象徴するように他界した女優を回想する「69年:ジュディ・ガーランド」。母親の嗜好を伝えるようにうっすらとラーガ・ロックの神秘性を内包する「75年:ママは違うよ」。あるときは一時代について証言するように、またあるときはプライベートな記憶を告白するように、ステファンの歌は紡がれる。独特のバリトン・ヴォイスで心情とシンクロした記憶の風景が歌われてゆくのだけれども、その中にはポップ・ミュージックの時代の移り変わりを描くかの如く、さまざまな意匠が込められている点がまた興味深い。

 例えば、ディスク2の「81年:シンセサイザーの使い方」ではクラフトワーク風のシンセ・サウンドが用いられ、また「84年:ダンステリア!」ではいびつなニュー・ウェーヴ・エレクトロのグルーヴが用いられる。トロピカルなサウンドを持ち込んだ「94年:1ペニーもない」の泣き笑い感覚なども、人生の味わいとアルバムの奥行きを同時に伝えるという点で見事だ。

 つまりこの『50ソング・メモワール』という大作は、あらゆる制限を取り払い人生を語ることで、実験的でありながらもポップなザ・マグネティック・フィールズというバンドの本質を伝える作品なのだ。ベテランだけに可能なアイデアを注ぎ込みつつ、「08年:サーフィン」ではこの時期に流行していた、若手USインディー・バンドによるサーフィン/サイケデリック・ポップの時代を振り返っていてニヤリとさせられる。類稀なストーリーテラーとして、また経験豊かなミュージシャンとして、生涯の写真を綴じてゆくように生み出されたアルバムだ。(Text: 小池宏和)


◎リリース情報
アルバム『50ソング・メモワール』
2017/04/26 RELEASE
WPCR-17663/7 7,000円(tax out.)