



――ずっと東ドイツのカメラとレンズがお好きだとか。
私は油絵をやっていたので、写真なんかカメラさえあれば誰でも撮れるとバカにしていたんですよ。でもカリフォルニア大学に入学してルームメートが持っていたヤシカエレクトロXのファインダーをのぞかせてもらったら、まるで映画のように像が写る。そこから一眼レフの虜になりました。でも貧乏学生には高価なカメラは手が出せない。そこでめぐりあったのが、東ドイツ製のカメラやレンズなんです。当時、東ドイツ・マルクは西ドイツのそれに比べて4分の1で、なぜかアメリカにたくさんモノが入っていたんですよ。だからアメリカで写真を勉強している学生はみんなプラクチカを持っていたものです。ぼくも質屋でエキザクタを買いました。29ドル、今でも価格を覚えています。しかも安いのに写りはいい。そうやってのめり込んでいくうちに、とうとう本まで(「東ドイツカメラの全貌」)書いてしまうんですが。(笑)
夢中になったのは、コンタレックスSEです。香港大丸で見て、完全に感化されてしまいました。それまでカメラは道具だと思っていたんですが、これは芸術品だと。直線だけの整然としたライン、左右対称のフォルム、まるで金属のかたまりからいちばん美しいところだけ削りだしてきたような存在感がある。人によってはコンタレックスは「冷たい」という印象があるそうですが、私にはそこがいい。でも当時で50万円という高価なカメラですから、買えたのはずっと後。ちょっとずつためたお金に叔父からの借金を加えて、一台だけ残って安くなっていた店頭処分品を手に入れました。
――自ら撮影された写真集も出してますね。
「幻のドイツ空軍」です。第2次世界大戦でのドイツ空軍戦闘機のプラモデルを自分で組み立てて、実際に飛んでいるように撮りました。計画だけで現実には存在しなかった機体もあるので、「幻の」とつけたんです。なにか人とは違うものが撮りたくて、もうひとつの趣味であるプラモデルと組み合わせたんです。とはいっても、本物らしく見せるには試行錯誤を重ねました。ふつうに撮ると、やはりプラモデルにしか見えないんですよ。プロペラを回すための超小型モーターを内部に組み込んだり、塗装をプロの方にお願いしたりしています。
でもやっばりいちばん重要なのは光です。よい角度で当たれば本物に見えるんですよ。それには太陽がかなり低い位置にある朝でないとダメ。でもあまり早いと光が黄色っぽくなってしまうから、日の出後の2時間くらいが理想です。ほかにも撮影ノウハウがあるんですが、あとは企業秘密で。(笑)
――プラモデルの撮影もコンタックスなんですね。
ええ。コンタックスSTかコンタレックスSEで撮っています。同じドイツといってもライカのM型は1台も持っていませんし、R型はたまたま安いのが見つかったのでひとつ買ってみたんですが、撮ったことはありません。
こんなにコンタックスが好きだから、京セラがカメラ事業から撤退を表明したときは悲しかった……。それで稲盛和夫会長に知遇を得ていたので、好きなマニュアル金属外観のカメラを自分でデザインし、型まで起こして工作し、内部にはアリアの部品を詰めて、「最後にこのモデルだけ作りませんか。絶対にニーズがあるはずです」って会長にプレゼンしたことがあるんですよ。会長も乗り気で関係部署の人に話を聞いてもらえるところまでいったんですが、最終的には事業として継続するのが難しいという判断になりました。
いまはデジカメはまだ使っていません。あの曲線ばかりのグニャグニャしたデザインが好きになれないんです。だからカメラ屋さんをのぞいても買うものがなくなってしまいました。私の専門の経済では「日本の内需は弱い」と指摘されていますが、買いたくても買いたいものがないのが実態だと思います。
※このインタビューは「アサヒカメラ 2008年8月号」に掲載されたものです