実際に冒険をして本を書いている私には、絶対にかなわないタイプの本がある。いわゆる遭難モノだ。冒険本のどこが面白いかというと、遭難して死にそうになって奇跡的に生還したところが一番面白い。生死の境という非日常の極致に片足を突っ込んで帰ってきているのだから、面白くないわけがない。
しかし奇跡の生還は狙ってできるわけではない。だからこっちがどんなに頑張って探検や冒険をして本を書いても、面白さという点ではかなわないところがあるのだ。
ここで紹介するのはいずれも私がかなわないと白旗をあげた遭難モノである。『死のクレバス』は、アンデス山脈の氷壁に挑んだ二人の英国人登山家に起きた悲劇を描いたもの。圧巻は著者のシンプソンが、パートナーに見捨てられてクレバスに落ちてから先のくだり。窮鼠猫を咬むじゃないが、生きるために彼がくだしたほとんどヤケクソの決断に、度肝を抜かれた記憶がある。
『大西洋漂流76日間』はヨットが沈没し救命イカダで長期間漂流した船乗りの記録だ。この著者がすごいのは、どんな状況に陥ってもあきらめない精神力と、海に対する知識と洞察力、そして技術である。ありあわせの道具で穴の開いたイカダを修理し、海水を蒸留する装置をこしらえ、天測道具を作って漂流航路を決めて生還した。76日間の人間の苦悩を堪能できる。
『凍える海』は20世紀初頭にロシアの北極探検隊に起きたサバイバルの話である。船が北極海の浮き氷に囲まれて動かせなくなり、著者をリーダーとする隊員たちは限られた食糧と燃料を橇(そり)に積み込み、絶望的な脱出行に乗り出す。11人のうち生還したのはわずかに二人。途中で仲間の裏切りもあって、極限状況における人間性の問題がこの本の奥行きを深くさせている。
※週刊朝日 2013年8月16・23日号